コラム

核兵器禁止条約とNPTは二者択一なのか?

2022年01月26日(水)16時30分

核兵器禁止条約はICANなどが粘り強く働きかけて実現した NTB Scanpix-Berit Roald/REUTERS

<核兵器のない世界を目指す2つの条約枠組みが「二者択一」として扱われるのは不毛な議論>

岸田首相は、バイデン大統領と1月21日に行ったオンライン会談において、同大統領と共に「核兵器のない世界」へ向けたメッセージを発信しました。具体的な内容は、3つあります。核拡散防止条約(NPT)の重要性を確認すること、また2023年のG7サミット日本開催を契機として政治指導者らに対し被爆地を訪問するよう呼び掛けたこと、そして中国に対して核兵器能力に関する透明性向上と核軍縮進展への貢献を要請したことです。

重要な内容だと思います。私は、2018年に惜しくも逝去された松尾文夫氏(元共同通信論説委員のジャーナリスト)の思想を思い起こしました。同氏が長い間、主張されていた日米の「相互献花外交」、つまり日米首脳が被爆地と真珠湾を共に相互に訪問することで和解を確かなものにするという精神が今も健在であると感じ、深い感慨を持ちました。願わくば、首脳の訪問地には長崎も含めていただきたいと思います。

ところで、日本の核軍縮外交に関しては、2021年に発効した核兵器禁止条約に対する態度を決める必要があります。核兵器の使用だけでなく保有も禁じたこの条約には、日本は加盟していません。

一方で、現在日本はNPT(核拡散防止条約)に加盟しています。NPTは、歴史的には日本の総理大臣であった佐藤栄作が推進に尽力して実現したものであり、NPTの監視機関であるIAEA(国際原子力機関)の2代前の会長であった故天野之弥(ゆきや)氏は日本の外交官出身であるなど、日本はNPT体制の中核に位置してきたとも言えます。

5カ国保有容認への不満

問題は、日本を含めた各国における政治的な対立が、核禁条約をNPTを「二者択一」のように扱っていることです。まず、核禁条約推進の立場からは、米ロ中仏英の5カ国に核兵器の保有を認めているNPTは批判の対象です。一方で、NPTを推進している日本の現在の政府の見解としては、米国の核の傘に依存する日本は核兵器を非合法化できないため、核禁条約の批准はできないということのようです。

これは不毛な議論だと思います。

まず、NPTが米ロ中仏英の5カ国の核兵器保有を認めていることを批判するというのは、「彼ら5カ国だけ持っていて、自分達が持てないのは不公平」だという、北朝鮮やインド、パキスタンなどの「核保有正当化」の論理と同じです。また、NPTが主なテーマとしている「拡散防止」よりも、5カ国保有の廃絶を優先してしまうと、それこそ政治的には非合法保有国の応援にしかなりません。

一方で、核禁条約の方も、ICAN(反核運動の国際ネットワーク)などが日本の被爆者の意見を中心に世界に粘り強く働きかけて実現したものであり、日本はその運動の中核に位置しています。何よりも、唯一の被爆国であり、非核三原則を国是としている日本が核禁条約の批准をしないというのは、それ自体が論理矛盾であるとも言えます。

問題は2つあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story