コラム

日本でPCR検査数が劇的に増えないのはなぜなのか?

2020年10月27日(火)17時00分

そうではあるのですが、現時点では検査数は増えていません。その理由ですが、予算不足だとか、いや健保の医療費抑制策が原因だとか、色々なことが言われています。この点に関して言えば、もっと本質的な雇用体系の問題だと考えるのが、一番しっくり来るのではないかと思います。

それは、検査業界や保健所の問題でもなく、医療関係の専門職とか国家資格という問題を越えた、もっと大きな「専門職の定員」という考え方にあるように思います。

日本のPCR検査において常に課題となっているのは、採取した検体を分析する要員には限界があるということです。その作業に従事するには、「臨床検査技師」という国家資格で、これは多くの場合4年制の大学で専攻した後、国家試験を受けて取得するものです。

それだけではダメで、PCRなど遺伝子検査の場合は「2年程度の実務経験」があって一人前となります。ですから、人材の絶対数が限られています。厚労省も、そのことは理解していて、必要な人材を育成する努力はしています。また、「臨床検査技師」になって、遺伝子検査の分析業務に従事すれば、高給とまでは言えないものの正規雇用としての保証が得られます。

問題は、日本の雇用体系の中に「専門職は正規雇用」というと強い縛りがあり、同時に「正規雇用は時給換算で非正規雇用より上」というヒエラルキー制度も色濃く残っているという点です。その上で「正規雇用はコスト的に固定費なので、厳しく定員を管理する」というのが官民共通のマネジメントになっています。

正規雇用の臨時増員は困難

専門職の中でも、個人の裁量が大きく、個人事業主にできるような弁護士や会計士などは別ですが、一般的に反復作業を伴う現場の業務で、しかも高度な知識と資格を要求するような職種の場合は、この雇用体系に入ってきます。

つまり、PCRの分析要員は「正規雇用の専門職」なので「定員」がある、従って「数年単位で収束するかもしれないパンデミック」へ対応するための「臨時」の増員というのは難しいわけです。現場が既得権にしがみついて増員を拒んでいるというわけではなく、とにかく制度として臨時の増員ができない仕組みになっていると考えられます。

菅首相は、秋以降はインフルの流行が重なることも考えて検査体制を整えると言っていますが、この問題はそう簡単ではないと思います。専門的な業務を安く買い叩くようでは、結果的に人材の質が下がって仕事の精度が失われてしまいます。ですが、現在のような定員に縛られた体制では対応ができないわけですから、期間限定で有資格の経験者への再研修、再雇用を行うとか、様々な検討がされているのだと思います。

それがある程度形になったところで、対策案をしっかり公表して社会的な認知を得ること、その上で雇用体系を工夫して業務のピークに対応するということは、コロナ後へ向けて日本が国際社会での信頼を更にリードしていくためにも必要だと思います。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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