コラム

米最高裁ギンズバーグ判事の後任人事をトランプが急ぐ理由

2020年09月23日(水)19時00分

もう1つは、11月3日に同時に行われる上院の3分の1の改選の中で、アリゾナ州の上院議員選挙は「補欠選挙扱い」となっており、当選者が直ちに(11月末)就任見込みという点です。ここでは、民主党のマーク・ケリー候補(銃撃から奇跡的に生還したギフォーズ元議員の夫)が現時点で優勢とされています。仮にそうなれば、この時点で共和党の議席が1つ減り、現在2名いる造反者にもう1名が加わっただけで、判事任命の承認が否決されてしまいます。

と言うことで、トランプと共和党は、極めて強引な日程へと突き進もうとしているのです。あまりに性急な動きとなっていることから、当初考えられた「トランプと共和党本流の結束効果」だけでなく、中道から左派の世論に「ギンズバーグ判事のポストを強引に奪おうとすることへの怒り」が、相当のモメンタムになっているようです。

判事の訃報を受けて、トランプやマコネルが動き始めたのと同時に、民主党のハリス副大統領候補は「最高裁を保守に渡さないために、今こそ民主党がホワイトハウスと議会上院を奪還すべき」だとして、緊急の政治献金を呼び掛けたところ、1億ドル(約106億円)が即座に集まったという報道もあります。

個人の遺言を無視

一方で民主党としては、一連の事態に対する対抗策を持っていると言われています。仮に「ギンズバーグ判事の後任ポストを保守派に取られた」場合で、その直後にバイデンが大統領になり、なおかつ民主党が議会の上下両院の過半数を取った場合の対策です。

驚くべきアイディアですが、それは「法改正による連邦最高裁判事の増員」を行うという説で、すでに公然と議論が始まっています。つまり定員を11名としてバイデン新大統領がリベラル派の判事2名を新たに指名する、そうすれば最高裁は中間派1、保守5、リベラル5のバランスに戻るというわけです。

亡くなったギンズバーグ判事は、「自分の後任は選挙後に新しい大統領に決めて欲しい」と遺言したそうですが、トランプは「都合が良すぎる遺言で、捏造を疑われても仕方がない」として無視する構えです。そして、この後任判事のスピード指名という判断が、共和党の結束を高めるのか、反発ゆえに民主党の結束を高めるのかは、全く予想がつかなくなりました。

1つ言えるのは、この最高裁判事指名の問題が焦点となる中で、人種差別反対デモと治安に関する論争は選挙戦の前面から押し出された格好となっているという点です。まずは、9月29日の第1回テレビ討論で、この最高裁人事問題がどう扱われるのかに注目したいと思います。

<関連記事:2020年ドイツ人が最も恐れるのは......コロナではなくトランプ政治
<関連記事:「トランプは大統領にふさわしくない」著名ジャーナリストのウッドワードが新著『怒り』で初めて書いたこと

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story