コラム

新天皇・新皇后が「国際派」に慌ててイメチェンするのは危険だ

2019年05月09日(木)18時20分

新天皇新皇后にはより困難なバランスが求められる Issei Kato-REUTERS

<英国に学んだ歴史学者と米大卒の元外交官という新天皇新皇后への期待は、国際社会において大きい。だが世界が内向き化し、日本社会が複雑化する中、その期待に応えるのは簡単ではない>

20190514cover-200.jpg
※5月14日号(5月8日発売)は「日本の皇室 世界の王室」特集。民主主義国の君主として伝統を守りつつ、時代の変化にも柔軟に対応する皇室と王室の新たな役割とは何か――。世界各国の王室を図解で解説し、カネ事情や在位期間のランキングも掲載。日本の皇室からイギリス、ブータン、オランダ、デンマーク王室の最新事情まで、21世紀の君主論を特集しました。

◇ ◇ ◇

天皇譲位のドラマは、2016年8月に「おことば」のビデオメッセージという形で幕を開けたわけだが、この時点のアメリカの報道には「高齢の天皇が引退声明」など、まるで高齢化日本を象徴するニュースであるかのような表現も見られた。

では、アメリカや国際社会は、天皇制や皇室について「古さ」を象徴するものとして軽んじているのかというと、それは違う。エンペラーという格を有する日本の天皇は、国際社会における外交儀礼では最高位の扱いを受ける。訪日し両陛下と会談した各国の元首や首脳は会見を誇りとするし、国賓として天皇皇后を招くことは、各国にとって最高の栄誉であるのは間違いない。

特にアメリカの場合は、1975年の昭和天皇・香淳皇后の訪米成功以来、旧敵国としての不快感は雲散霧消し、日本の皇室への関心や尊敬心は極めて堅固となっている。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が宮沢喜一首相の晩餐会で体調を崩した後の皇族の気遣いは今でも語り草であるし、ヒラリー・クリントン元国務長官は自伝の中で皇室との親交を詳しく語っている。その延長で、英国に学んだ歴史学者と米大卒の元外交官という新天皇新皇后への期待はアメリカにおいても、国際社会においても大きいのは間違いない。

だが、その期待に応えるのは簡単ではない。平成の天皇皇后は、国際社会には平和、慈善、文化という領域で友好関係を拡大しつつ、国内向けには大戦の痛みや、度重なる自然災害という苦痛を癒やす存在として振る舞い、見事なバランス感覚を示してきた。けれども、令和時代の天皇皇后が直面する環境は、平成とは大きく異なる。

対立構図と支持層のねじれ

1990年代から2000年代においてG7各国の間では、クリントン、オバマのアメリカ、ブレアの第三の道、EUの統合深化といった歴史を背景に、人道主義や異文化理解が前面に押し出されていた。だが、現在は、「ブレグジット(英EU離脱)騒動」や「自国ファースト」の時代である。天皇皇后が「国際派」として振る舞う場合のコミュニケーションはより難しさを抱えている。

国内の事情も同様だ。平成においては天皇制を積極的に支持するのは高齢の保守派であり、ある年齢以下の世代は消極支持であったり無関心であった。そのように対立構図が比較的安定していたなかでは、一定の象徴天皇像を描くのは比較的容易であった。

【関連記事】才媛、モデル、サッカー選手... 世界を騒がせる注目の王室メンバーたち

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story