コラム

日本が目指すべき「ジョブ型雇用」とは、会社と貸し借りをしないこと

2019年05月09日(木)17時40分

アナウンサーの場合は少し違うようです。新人から人気が出るまでの修行期間は、放送局に正規雇用されていますが、年功序列の給与体系が適用されるので若手は薄給です。企業の側からすれば、研修してやって実地訓練もさせている分だけ、安い給料で良いという「貸し借り」のバランスになります。その代わり、人気と実力が確立すると、局への「貸し借り」が消えて独立が可能というわけです。局の方で独立に不快感を持つケースでは、裏切りという感覚もあるのかもしれませんが、やはりそこには「まだ貸しがある」ということなのでしょう。

現在の終身雇用の企業の場合は、若い時は実務をヘトヘトになるまでやらされ、海外を含めた転勤も強いられる、つまり「会社に貸しを作る」ことになるが、上級管理職になると給与が高くなって「会社への貸しを返してもらえる」というような、やはり「貸し借り」の感覚があります。

ジョブ型のいいところは、このような「貸し借り」による束縛から自由になれるところです。

例えば、アメリカの芸能人には独立騒動はありません。それは人権意識が高いので個人を縛れないからではありません。ミュージシャンも役者も、パフォーマンス・スクールと言われる高校レベルや大学での音楽や演劇の専攻で「まずスキルを獲得」するのです。その上で、組合に所属して仕事を回してもらうなどして、ステップを上って行きます。

つまり、スキルは最初から個人が持っているので、個人の側が強い「売り手市場」になっているのです。ジョブ型雇用が健全に回り出せば、「まずスキルを持った個人」が存在し、それが「流動性の高い労働市場」を形成していくことになります。そうすれば、「借りを返す」ために成果の過半を払わされるとか、辞めたくても辞められないということはなくなります。

もちろん、競争は厳しいでしょう。成果を求められるプレッシャーは強くなるでしょう。ですが、「どんなスキルを獲得すれば、どんな職があるのか」という点が、極めて曖昧な現状と比較すれば、若者のキャリア形成への見通しは明確になります。また、学び直しによる「セカンド・チャンス」も成立するようになります。

何よりも、社会や企業、あるいは上の世代に対して「借り」を作る理不尽さから解放されることで、若者には「将来設計=希望」が視野に入ってくるのではないでしょうか。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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