コラム

アフリカ系ヒーロー映画『ブラックパンサー』が大ヒットした意味

2018年02月22日(木)19時40分

1つは、60年代からの時間軸という問題です。この映画の原作は言うまでもなく、マーブル・コミックの有名な「アメコミ」ですが、このコミックが登場した60年代半ばには、もうひとつ「ブラックパンサー党」という政治結社がありました。カリフォルニア北部のオークランド市に本部を置き、人種差別の激しい時代にあって「武装して黒人のコミュニティを守る」という主義を貫いた団体です。

ですが、そのような闘争の姿勢は当時のアメリカの体制からは危険視されることとなり、党員の多くはFBIや警察によって殺害されています。公民権運動の歴史をたどる際には、今は「非暴力主義」を掲げたキング牧師を中心のストーリーが「公認の歴史」となっていますが、暗殺されたマルコムXからブラックパンサー党の歴史というのは、いわば秘められた歴史という位置付けになっていました。

アメコミの「ブラックパンサー」は、この「ブラックパンサー党」とは直接の関係はありませんが、同じ時代に生まれたこともあり、漠然とではありますが「秘められた存在」のようになっていました。マーベルのアメコミの世界の延長で、「ファンタスティック・フォー」や「アベンジャーズ」には、この「ブラックパンサー=ティ・チャラ」というキャラとしては登場していますが、このような大作映画になるというのは隔世の感があります。

もう1つは、現在、2018年という時代についてです。オバマ時代が終わり、トランプがホワイトハウスの主となっている中で、何となく、現在のアメリカというのは「忘れられた白人層が復讐をしている」時期のような感覚を持ってしまうことがあります。

ですが、そうではないのです。アフリカの王国を舞台にした純粋にアフリカ人の物語が、歴代5位の興行収入を叩き出したというのは、オバマの時代よりも、さらに時代は先へ進んでいる証拠です。より若い世代が社会に出てくる中で、多様性を重んじつつ人々が共存する社会へと、時代は前進しているのです。トランプ現象ばかり見ていると、見失いがちになる、そうした時代感覚を、この「ブラックパンサー」は強く喚起していると言っていいでしょう。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ停戦が発効、人質名簿巡る混乱で遅延 15カ月に

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明らかに【最新研究】
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    身元特定を避け「顔の近くに手榴弾を...」北朝鮮兵士…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 7
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story