コラム

裁量労働制のどこがウソなのか?

2018年02月20日(火)18時30分

日本の多くの職場では本人に時間管理の裁量権がない sanjeri-iStock.

<日本の企業では事実上、本人に時間管理の裁量権がないケースがあり、その状態で裁量労働制の制度だけを適用すれば、結果として長時間労働につながりかねない>

裁量労働制にすればトータルの労働時間が減るのか、減るという統計はウソではないのか、といった話しが政治的な駆け引きに使われています。要するに、野党側は政府が提出した「裁量労働にすると労働時間が減る」というデータの信憑性を疑っているわけです。

確かに裁量労働制というのは、「あるタスクを完遂する上で、時間のかけ方や仕事の進め方を、自分の裁量でコントロールし、主体性を持って仕事に向き合う」という考え方に立って、「求められる成果を上げていれば、出退勤は自由」という運用をするものです。

この制度ですが、理想的に運用がされればメリットはあります。「仕事の遅い人が高額の残業手当をもらったり、努力賞的な評価を得たり」することがなくなり、「スキルの高い人が比較的短時間で出した成果が評価される」ようになるというのが一番のメリットでしょうし、「暴風雨や大雪の際に無理に出勤しなくて良い」とか「子育てとの両立がしやすい」ということもあるでしょう。

その一方で、間違った運用がされれば大きなデメリットが発生することになります。「スキルが圧倒的に不足しているのに長時間労働で何とか埋め合わせようとした人が、健康を損なう」とか、「時間管理がないのを良いことに、上長が残業手当という報酬なしに業務量を増やしてしまい、事実上労働条件の大幅な悪化となる」といったケースです。

こうした問題意識からは、裁量労働制について「正しい利用」がされているのか、「誤った利用」がされているのかを比較するというのは、重要なことです。ですから、裁量労働制を導入した場合と、通常の残業手当のつくような契約の場合を、同一条件で比較して「どちらが労働時間が長くなるのか?」という調査を行うことには一定程度の意味はあるでしょう。そこでデータの信憑性が怪しいということになれば、それは確かに困った問題ではあります。

ですが、そこで「データの内容にウソがある」とか「いやウソはない」などと、真面目に議論するのは、どこか滑稽だという面を否定できません。というのは、日本の多くの職場においては「裁量労働」というのはかなりの程度で「ウソ」だからです。というのは、裁量労働と言っておきながら、その労働者本人に時間管理の裁量権が「ない」職場があるからです。

例えば、新製品の開発に従事している技術者がいたとして、あるスペック、つまり性能とコスト、実現可能な生産計画を伴う製品の設計図を、ある期日までに完成するのがこの人のタスクだったとします。

では、その期日に至るまでの間、この人は自由に出退勤をして、自由に労働時間を使って生産性を高めることができるのかというと、実際はそうではありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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