コラム

働き方改革でも骨抜きにされた「同一労働、同一賃金」

2018年01月30日(火)15時50分

さらに、「基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給しているA社において、ある職業能力の向上のための特殊なキャリアコースを設定している。無期雇用フルタイム労働者であるXは、このキャリアコースを選択し、その結果としてその職業能力を習得した。これに対し、パートタイム労働者であるYは、その職業能力を習得していない。A社は、その職業能力に応じた支給をXには行い、Yには行っていない。」

などというのも「問題ない」というのです。要するに正社員は「特殊なキャリアコース」であり、研修なり経験を得たことで「職業能力」があるとしてパートとは「同一労働、同一賃金」にしなくても良いということです。

また、「B社においては、定期的に職務内容や勤務地変更がある無期雇用フルタイム労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務内容と配置に変更のないパートタイム労働者であるYのアドバイスを受けながらYと同様の定型的な仕事に従事している。B社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における職業経験・能力に応じることなく、Yに比べ高額の基本給を支給している。」

というケースも「問題とならない」というのです。総合職は管理職候補のキャリアコースなのだから「パートのアドバイスを受けながら」定型業務をしていても、高額の給与を得て構わないというわけです。

要するに、厚生労働省は「身分制度としての総合職終身雇用制」というのは、「同一労働、同一賃金」の例外として、今後も温存して行く、そう宣言しているわけです。

ここには問題があります。それは現在の日本経済に、スピード感が欠落しており、技術革新において世界に遅れを取っている中で、その原因の一つである「労働市場の流動性のなさ」という問題が、これによって放置されるからです。

本当に改革が実行できる、そのスキルや実行力があるというのではなく「転勤命令への服従を人生設計や家庭に優先する」とか「身分制度に安住して現場における実務スキルと処遇の逆転に無神経でいられる」というような人材が、今後も日本経済の中枢における「管理職候補」のロールモデルであり続けるのです。

それ以前の問題として、世界では高い教育を受けた専門職が高処遇を得ながら転職や起業を繰り返している一方で、日本では終身雇用の共同体というマンモスや恐竜のような組織が残ることで、個々人は企業独自のローカルなカルチャーに束縛された「潰しの効かない」スキル獲得にとどまってしまい、結果的に全体が遅れて行くわけです。

もちろん、そうした組織や個人の活力というのは政策によって「上から」変わるものではなく、あくまで画期的な成功事例が続出する中で初めて変わっていくものなのかもしれません。そうではあるのですが、この「同一労働、同一賃金政策」の「骨抜き」具合というのは、やはり日本経済の変革力のなさを象徴するものとして、落胆させられるのです。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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