コラム

イチロー選手はもう安打数で評価する領域を超えている

2017年06月01日(木)17時00分

ベルトレ選手は、20代前半にドジャースで不動のレギュラーを獲得したばかりか、2004年には弱冠25歳で49本を打ってNLの本塁打王に輝いています。ただ、ドミニカ出身という強烈なプライドを持っていたベルトレ選手は、人種を巡るコミュニケーションの問題もあって、ドジャースでの居心地は必ずしも良くなかったと言われており、契約更新にあたって巨額の長期契約を申し出たシアトル・マリナーズに移籍したのでした。

そこで、イチロー選手とベルトレ選手は同僚になります。この頃のイチロー選手は不動の1番バッターで、ベルトレ選手は3番を打つことが多かったようです。前年にホームラン49本を打っているだけに、シアトルでは若き長距離砲に大きな期待がかかりました。ところが、この年、ベルトレ選手は絶不調に陥ります。打率は.255で、ホームランは19本、打点が89というのは、自他共に「ガッカリ」の結果でした。

チームの成績も69勝93敗でAL西地区の4位、実はこの時期AL西地区は4チームしかなかったのでダントツの最下位でした。ちなみに、イチロー選手は前年に「メジャー最高記録の年間262安打」を打っており、ある意味で絶頂期であったのですが、この2005年には、同じように厳しいスランプを経験しています。打率は.303で辛うじて3割、ヒット数も206で「連続200本」というのが期待される中で苦しみながらの達成だったのです。

【参考記事】世界最高峰に立つ日本人女性冒険家の戦い

こうした結果について、ベルトレ選手はシアトルの地元メディアなどで、何度かイチロー選手を批判していました。「四球を選ばないので1番バッターとしては出塁率が低すぎる」「おかげでチームの勝敗に影響が出ている」「自分に関して言えば1番に塁に出てもらわないとチャンスが回って来ない」とかなりハッキリした物言いだったのを記憶しています。

ここからは私の憶測ですが、イチロー選手も苦しかったのだと思います。前年の262という数字に「日本のメディアが大喜び」してしまったために、そして「連続200本」というのをあらためて義務付けられてしまったためのプレッシャーに加えて、おそらくは「安打数を稼ぐためには四球を選べない」ことの苦しさに、引き裂かれるような思いをしていたのではないかと思います。

イチローとベルトレが同時に不調だったことは、単にベルトレ選手がイチロー選手を批判しただけでなく、強烈なプライドと真剣さを持っている一方でプレイスタイルの異なる両者が「お互いを気にしすぎてスランプに陥った」可能性も否定できません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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