コラム

トランプ「第3次世界大戦」発言の深層にあるもの

2016年10月27日(木)17時00分

 一方でトランプは、同じく現在進行形で進んでいる「モスル奪還作戦」にも懐疑的です。ISISが2年近く拠点にしているイラク北部の要衝モスルを、イラク政府軍とクルド系義勇軍などを米軍が支援して奪還作戦を行っているわけですが、これは「イランを喜ばせるだけ」だから無意味だと言うのです。

 どういうことかというと、現在のイラク政府軍は「シーア派勢力」が圧倒的多数です。ですから、そのイラク政府軍が(スンニ派であるクルド系と協力した作戦だとしても)モスル奪還を成功させたとして、シーア派勢力が強くなるだけであり、回り回ってイランの影響力が強くなるだけだと言っているのです。

 これは一面の真実を含むとは言え、アメリカが2003年以来、サダム・フセイン政権を打倒して、新生イラクの安定に努力していたその方向性、つまり結果的にシーア派とクルド系を「与党」としてイラクの安定化を図るという方針を全面否定する考え方に他なりません。

 ここまでのトランプの姿勢を整理すると、「アレッポ危機は黙殺する」「シリアのアサド政権継続を認める」「シリアはアメリカにとって重要ではない」「重要なのはISISとの戦闘」とここまでは一応筋が通っていますが、その上で「だが、モスルをISISから奪還する作戦は無意味」となると、一体何を言いたいのか分からなくなります。

【参考記事】モスル奪還に成功してもISISとの戦いは終わらない

 ところが、トランプには一応答えはあるのです。「モスル奪還は無意味だが、ISISに対してはアサド政権とロシアが戦っているのだから、それを支援するのがいい」というのです。確かに話の辻褄は合いますが、こうなると中東問題については完全にロシアに丸投げという外交政策になります。

 では、「アメリカを再び偉大に」というスローガンのもとで、どうして「ロシアに丸投げ」になってしまうのでしょう? もしかしたら解雇された選対本部長のポール・マナフォート氏(ウクライナの親ロシア勢力に近い)などを通じて、本当にロシアの影響下にあるのかもしれませんが、その真偽はともかく、どうしてここまで「ロシアに対して譲歩」する姿勢が、支持者に受けるのか、そして「アメリカを偉大に」ということになるのでしょうか?

 それは、このような主張をすることで、ビル・クリントンの8年、ブッシュの8年、オバマの8年の計24年間にアメリカが巨額の費用と多くの人命を犠牲にして続けてきた「介入政策」を全面的に否定して見せることができるからです。

 クリントンのやったコソボやソマリアへの介入、ブッシュのやったアフガニスタンとイラクでの戦争、オバマのやった「アラブの春」支持とその後の優柔不断......トランプの論法は、メチャクチャではありますが、その24年間の全ての「介入政策」について、それこそ「ちゃぶ台返し」しているわけです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

再送-インタビュー:トランプ関税で荷動きに懸念、荷

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story