コラム

手放しでは喜べない、アップルの横浜リサーチセンター開設

2016年10月18日(火)15時45分

 ですから優秀な技術者にとっては、アップルが日本に研究所を設けて、そこで自分の技術を活用して、しかもアップルの正規雇用としての高処遇をするのなら、ウィン=ウィンの関係になるのは事実です。

 ですが、日本の経済として考えれば、従来であれば部品メーカーの利益を上乗せして100という価格で売れた部品の場合、内製化によって80とか70、あるいはそれ以下のカネしか日本には落ちないということになると思います。

 もちろんアップルは強引にことを進めているのではありません。日本の半導体やディスプレイのメーカーは、高コスト体質を抱えて行き詰まっています。ですから、先ほどの「3兆円の発注、71万人の雇用」と言っても、そのままで継続は難しいわけです。下手をすれば、アジアの他の国々に行ってしまう可能性も十分にあります。

 ですから、今回のように日本に外資が研究拠点を設けて、日本人技術者を雇用して、日本の技術を活用するのは、話としてはいいことだと思います。

【参考記事】苦境にある台湾メーカーの未来を「台湾エクセレンス」に見た

 ですが、これは理想形ではありません。本来であれば、日本の企業が独自ノウハウを持った「部品メーカー」として力強く研究開発を続けるべきなのです。いや、もっと言えば、例えばスマホなどというコンシューマー・エレクトロニクスに関しては、日本のメーカーが最終製品を自社ブランドで製造して、世界中に販売するべきなのです。

 そうなのですが、現在の日本の産業界では、複雑な携帯電話ビジネスにおいて世界各国のキャリアーと丁々発止やり合っていく力、若い世代の感覚を理解して国際市場での製品開発やマーケティングを行う姿勢、そして何よりもソフトとハードの高度な融合によるビジネスモデルを切り開いていく技術力や、巨額の先行投資を行う資金力といったものは、かなり衰えてしまっています。

 ですから次善の策として部品メーカーに甘んじ、さらに次善の策として外資に来てもらってカネも出してもらう中で、日本の技術を活用してもらうしかないわけです。その代わり、その成果はすべてあちらのものになります。

 悪いことではありません。ですが、こうしたことを延々と繰り返していけば、最終的には日本の技術や産業はフェードアウトするだけです。それはもう、どんなに逆らっても止められない流れなのかもしれません。また保護主義的な制度や税制で人為的に妨害しても、何も産まないと思います。そうではあるのですが、どう考えても手放しで喜べる話ではないと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story