コラム

手放しでは喜べない、アップルの横浜リサーチセンター開設

2016年10月18日(火)15時45分

Toru Hnai-REUTERS

<アップルがこれまで日本に外注してきた技術を内製化するというならば、横浜にアップルが開設する開発拠点を単純に歓迎することはできない>(写真は今月官邸を訪問したアップルのクックCEO)

 アップル社のティム・クックCEOが来日したことで、あらためて同社が横浜市に研究開発拠点を建設中ということが話題になっています。私は長年同社の製品を利用していますし、単純に考えて、日本の技術が同社で活用されることにはポジティブな感覚を持っています。

 ですが、それとは別に、少し突っ込んで考えてみると「本当に手放しで喜んでいいのか?」という思いがするのも事実です。

 アップル社のビジネスモデルについては長期的に見ればどうなるかは分かりませんが、現在はとりあえずスマホのハードウェアやその付属品を販売し、同時に契約の携帯回線キャリアーからの利益を受け取り、アプリや電子書籍、音楽ファイルなどを販売したり、定額サービスをしたりというビジネスがあります。同時にコンピュータとソフトの販売も行っています。

 そのアップル社にとって、横浜で何を開発するのかというと、もちろん将来の新規事業へ向けての広範な研究開発を行うことはあるでしょう。ですが、現在の同社の本業であるスマホとその関連ということで言えば、様々な報道から総合すると、半導体やディスプレイ関連の開発が計画されているようです。

【参考記事】アップルの税逃れ拠点、アイルランドの奇妙な二重生活

 では、現在はどうなのでしょう? 例えば同じアップルは、今年2016年8月に、日本の部品メーカーからの調達額が「年間3兆円を越え、日本の雇用が71万人増えた」という発表を行っています。つまり、日本の部品メーカーから部品を買っているわけです。

 そのアップルが、日本で研究開発を行うことは「部品の内製化」を進めることを意味します。例えば製品の中に実装されているチップに関して、従来は回路図と要求性能を示すのは「発注側のアップル」だった一方で、その要求を満たす部品の必要な個数を必要な期日までに納品する、その上で自社の工夫で利益を出すのは「部品メーカー側」の努力であったわけです。

 これに対して、部品を内製化するということは、アップルが部品工場を購入ないし建設して、そこでチップを実際に設計する技術についても、大量生産に関する技術もアップルがノウハウとして抱え込むことを意味します。その内製化のための研究開発機能をどうして日本に設置するのかというと、それはそのノウハウを持った技術者が日本に大勢いるからです。

 従来であれば、そうした技術者は日本の企業に勤務して、その日本企業が創意工夫をして「より安く、より性能の良い部品を」作る努力を行い、その結果として企業として成り立っていたわけですが、今後は競争激化に伴って、今の形で延命することは難しくなってきています。もっと大きな理由としては、日本企業には先端技術を追い続けるだけの投資余力がなくなっているのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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