コラム

選挙戦最大のピンチに追い込まれたトランプ

2016年06月16日(木)17時50分

 これに伴って、事件発生以降のトランプの言動は「事実認識や政策論として著しく不適切」であるばかりか、「悲劇への弔意に欠ける行動」という受け止め方が広まることになりました。

 二つ目は、銃規制問題です。トランプは、事件直後から「この事件を銃規制議論に結びつけるオバマ、ヒラリーを許さない」と非難して、NRA(全米ライフル協会)に全面的に連帯すると主張してきました。そのNRAは、事件を受けて「銃規制に関する姿勢に一切変化はない」としていたのです。過去の乱射事件の例に従って、いつものように賛否が拮抗して前進しない、そんな感触がありました。

 ところが、14日から「風向き」が変わり始めました。事件の動機が個人的なものだという認識と並行して、軍用に準ずる火器である連射可能な「アサルトライフル+多弾装マガジン」が「ほとんど野放し」である状態への反発が、全米の広範な世論の中で静かに広まっていったのです。これを受けて、共和党の上院院内総務ミッチ・マコーネル議員は「新たな銃規制法に関して真剣な論議」が必要だという画期的な発言をしています。

 また、15日夜のFOXニュースでは、著名な保守派キャスターであるビル・オライリーが「現状は変えるべき。憲法に認められた武装の自由は尊重しなくてはならないが、一般市民が持てる武器に関しては連邦がしっかり定義するべきだ。これに加えて、保有や携行に関する規制は各州に任せればいい」という論説を発表しました。これは「アサルトライフル規制」への支持を示唆するもので、衝撃をもって受け止められています。

【参考記事】銃乱射に便乗するトランプはテロリストの思うつぼ

 狼狽したトランプは、「NRAと協議する」と対抗していますが、銃規制にあくまで反対して「NRAと共に政治的自滅へ進む」のか、あるいは「テロ容疑者への銃器販売規制については、一部妥協を示唆しているNRA」を「更に強い規制を受け入れるよう」説得するのか、注目されています。

 三つ目は、共和党主流派との対立がますます深刻になっている問題です。ヒスパニック系判事への「人種差別発言」に対する批判で、ただでさえ共和党の主流派議員たちとの関係が悪化していたトランプですが、今回の「乱射事件の政治問題化」と「頑固な銃規制反対の姿勢」という新たな問題が加わることで、関係は最悪の状態になっています。

 そんな中、トランプは15日に支持者の集会で演説して「共和党のリーダーたちには、とにかく口をつぐんでもらいたい。全員で一致団結できないのなら、全部私に任せるべきだ」と、かなり感情的になって発言していました。この発言は、要するに「Shut up!(黙れ)」と言っているのと同じだと、各メディアは一斉に「前代未聞の野蛮な発言」という批判を展開しています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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