コラム

日本で盛り上がる「反知性主義」論争への違和感

2015年11月12日(木)16時05分

 3点目は、森本氏は政治や社会との関係については、あまり書いていないということです。例えば、アメリカの「反知性主義」が暴走したと言って良い「マッカーシズム(赤狩り)」や、9・11後の「宗教保守派の支持による戦争遂行」などへの詳しい言及を期待すると肩透かしを喰らいます。また、黒人教会の問題や、カトリックの伸張、無宗教の拡大といった現在進行形の問題も扱われていません。

 4点目は、これが一番重要なのですが、森本氏は「アメリカのプロテスタンティズムにおける反知性主義は、俗化したエリート主義を是正するというプラスの効果を持つ」という基本的に肯定的な立場で書いています。ですが、その主旨については、エピローグの部分で控えめに主張されているだけですし、本の副題にある「熱病」という表現の効果もあって「悪しき反知性主義の本家はアメリカのキリスト教」という、まるで「『貧困大国』批判」のような「反米本」として誤読される可能性が否定できません。

 森本氏の本は面白く書かれていますが、以上のような注釈が必要だと思います。

 このように今年の流行語になった「反知性主義」という言葉については、アメリカにおける「キリスト教によるアンチ・エリート主義」を批判する姿勢というのが「絶対的なオリジナル」ということも言えないのです。何よりもアメリカでは広く社会的に使われている表現ではないからです。

 では、今年日本で使われた「反知性主義」という言葉については、どう考えたら良いのでしょうか? 上記のように「アメリカ由来というオリジナルを無視して使うのは間違い」という批判は、必ずしも絶対ではないと思うのですが、それとは別の意味で、この「反知性主義」という言葉が使われる状況については、警戒をした方が良いと思います。

 今年の日本に限って言えば、「反知性主義」という言葉が使われる局面というのは「イデオロギー上の論敵の中にある感情論に対して敵意を持つ」ことであり、それ以上でも以下でもないように思います。その敵意自体も相当程度に感情論であることが多く、結局は感情論の衝突・炎上ということになっているケースが目立っています。

 もっと言えば、「お前は反知性主義だ」とか「お前こそ反知性主義だ」と言って罵倒し合うような場には余り知性はない、そう考えて距離を置いて見るべきなのでしょう。そう考えると、「今年の流行語」として年末に取り上げるのは、ふさわしくないように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米GM、インディアナ州工場で生産拡大 トランプ大統

ビジネス

アングル:日本の不動産は「まだ安い」、脱ゼロインフ

ビジネス

米モルガンSが日本特化型不動産ファンド、1000億

ワールド

中国格付け、公的債務急増見込みで「A」に引き下げ=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最後の1杯」は何時までならOKか?...コーヒーと睡眠の「正しい関係」【最新研究】
  • 2
    【クイズ】日本の輸出品で2番目に多いものは何?
  • 3
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のために持ち込んだ?
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    得意げに発表した相互関税はトランプのオウンゴール…
  • 6
    「ネイティブ並み」は目指す必要なし? グローバル…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 9
    アメリカから言論の自由が消える...トランプ「思想狩…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story