コラム

新幹線放火事件で、安全性は揺らいだのか?

2015年07月02日(木)17時00分

 今週、東京発新大阪行「のぞみ225号」の車内で発生した放火事件では、自殺した71歳の男の他にも1人が死亡し、重軽傷者は26人にもなりました。

 このような犠牲者が出たこと、負傷していない方でも大変な恐怖を経験された方がいる中では、二度と同じような事件を起こしてはならないという意見が出てくるのも当然だと思います。

 では、これで新幹線の安全性は揺らいだのでしょうか? 私はそうではないと思います。依然として日本の新幹線は、世界の公共交通機関の中でも最高水準の安全性を維持していると思います。

 まず、難燃性ということがあります。今回の事件では、大量のガソリンを撒いて放火するという悪質な方法で実行されました。目撃証言によれば、車両内が爆発したかのようにオレンジ色に包まれたと言います。ですが、結果的に車両の構造は破壊されず、隣の車両に延焼することもなく、備え付けの消火器で消火ができています。

 例えば2003年に発生した韓国・大邱市の地下鉄における放火事件(他編成に延焼して計192人が死亡)などと比較すると、その差は歴然としています。それどころか、消火後の車両はその編成のまま自走して小田原駅まで移動、その後も徐行運転で新丹那トンネルを通って三島の車両基地まで自走しているのです。

 その背景には、この新幹線N700系車両が徹底して難燃性を追求してきた成果があります。例えば車両のシートですが、これは難燃性ポリエステルで作られています。難燃性というと、何か燃えにくい化学物質でも塗ったり混ぜたりしているのかという印象を与えますが、そうではありません。「燃えると不燃性ガスを発生して延焼を防ぐ」「早く表面が炭化してそれ以上の延焼を防ぐ」「高分子技術を使って可燃性ガスの発生を抑える」といった対策が「分子レベル」で行われている素材を使っているのです。

 シートの肘掛にも以前のポリカーボネート素材に比べて、柔らかくしながら難燃性を確保した新素材が、このN700系用に開発されています。また、シートにカバーを固定するマジックテープには、国際宇宙ステーションの宇宙服に採用されたのと同じ技術(同一品ではありませんが)を使って難燃性を高めているのです。さらに、頭上の荷棚受けの部分には、軽量化のためにマグネシウムが使われているのですが、発火温度を高めるためにカルシウムを混ぜた新合金を開発して使用しています。

 今回大変にひどい事件が起こりましたが、このような難燃性技術の効果があったという評価は可能だと思います。新幹線は架線から交流2万5千ボルトの電気を取り込む構造上、スプリンクラー設備は漏電事故の危険性から採用はできません。ですから、このように内装材の難燃化、不燃化という対策を細かく突き詰めてきた歴史があるのですが、その方向性は間違っていなかったと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story