コラム

報復警官殺しで、混乱深まる人種間対立

2014年12月24日(水)12時22分

 怒りの最先鋒は、警察官組合のパトリック・リンチ代表です。その矛先は現在のニューヨーク市長のビル・デブラシオに向かっています。要するに「市長は一連の不起訴処分に対して、市長でありながらNYPDを全力で擁護しなかった」というのです。

 というのは、特にスタテン島でのガーナー事件に関して市長は、不起訴処分という大陪審の決定は「合法であり、覆すべきではない」として認めたものの、ガーナーの死亡に至った警官の行動だけでなく、NYPDには体質的な問題があるという指摘を続けるなど、抗議デモを理解するような言動を続けたからです。

 12月の上旬、つまりミズーリに続いてニューヨークの事件でも警官の不起訴が決まった際には、デブラシオ市長の取った「中立的な姿勢」については、市長の夫人が黒人であることも含めて、人種間和解の「星」だという持ち上げられ方もしていたのです。

 ですが、今回の事件で「仲間の2人が暗殺された」という事態を受けたNYPDは、市長へ向けた怒りを一気に爆発させました。警官組合のリンチ代表は「流血は市役所が起こしたものだ」と激しい言葉を並べて市長を非難、一歩も譲る構えを見せていません。

 これに対してデブラシオ市長は、必死になって自身の立場を説明しようとしています。「私が何を言っても市警察の皆さんには聞いてもらえないかもしれません。ですが、私は今はこの亡くなった2人の警官の遺族に寄り添いたいと思います」。市長は声を落としながらそう言明し、更に「当面は警官の不起訴に対する抗議行動は控えてもらいたい」ということを、懇願するような表情で訴えていました。同時に「模倣犯の発生を防止することが最優先」だという立場も言明しています。

 この事件に関しては、オバマ大統領の存在感が薄くなっていることも問題です。オバマ大統領も、ホルダー司法長官も自分が黒人であることから、ミズーリ州やスタテン島の問題に関して、様々なメッセージを出してはいたのですが、不徹底でした。自分たちが過剰に介入すると世論の分裂を煽るとして「一歩引いていた」感が否めないのです。

 この「警官2名の殺害」のニュースが入ってきた後も、オバマ自身はゴルフをしていたそうですし、事件に対するコメントも「全く正当化できない行為だ」という内容にとどまっています。その「事件後にゴルフ」という行動に関して、全国的な非難が「起きていない」ことも、オバマの立場の「虚しさ」を象徴しているかのようです。

 一方でデブラシオ市長の動向に注目が集まっています。今週黒人であるシャーリン・マクレイ夫人を伴って、ブルックリンの事件現場を訪れて献花をしています。依然として激しい批判の対象になっている市長ですが、それに耐えながら必死で「人種間対立」を鎮静化しようとしていることは事実です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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