コラム

米情報機関に「監視」されても激怒しない日本政府

2013年11月05日(火)11時03分

 CIA(中央情報局)とNSA(国家安全保障局)の元職員で元外注先エンジニアであった、エドワード・スノーデンに関して、オバマ政権は「大した情報は持っていない」として「小物扱い」をしていました。ですが、そのスノーデンは、ロシアに仮亡命後も「ドイツのメルケル首相の携帯電話も盗聴していた」という内容も含めて継続的に「暴露」を続けているわけです。

 これを受けて、メルケル首相をはじめ、ドイツの政界や世論における対米感情は悪化しているようですし、フランスでも同じような動きがあるようです。もっとも、ヨーロッパ本土を対象とした米英の「盗聴、監視活動」に対するEUの反発というのは、スノーデンの暴露が初めてではありません。

 例えば、2000年から2001年にかけてはEU本部の欧州議会では、米英同盟によるヨーロッパ本土諸国を対象とした非合法的な盗聴行為が行われているとして、「エシュロン調査委員会」という委員会の調査活動が行われています。委員会は調査結果を持って01 年の5月にワシントンに乗り込んで抗議を申し入れるところまで行っています。

 ですが、欧州議会に対して窓口となったのは、米国の下院だけであり、対応した「諜報問題通の議員たち」、例えばポーター・ゴス(後のCIA長官、共和党)とかナンシー・ペロシ(後の下院議長、現院内総務、民主党)などは「我々は全世界規模で情報収集活動は行っているが、具体的な問題にはお答えできない」と全く取り付く島もない態度だったそうです。

 結果として欧州議会の活動は「腰砕け」となり、成果としては「どうやらエシュロンというのがあるらしい」ということが判明した「だけ」ということになっています。数カ月後に9・11の同時多発テロが発生すると、米国の「テロとの戦い」に欧州も巻き込まれる中で、こうした「異議申し立て」はウヤムヤになってしまいました。

 そんなわけで今回が全く初めてではなく、「ポスト9・11の時代」が終わり、アメリカもヨーロッパも「平時」モードとなる中で、この種の問題に関しては改めて「アメリカに対して強く抗議」ということになったのだと思います。

 そこで不思議に思われるのが、報道によれば同じように「監視対象」となっているという日本では政府レベルでの「激怒」ということが全くないということです。報道陣の質問に対して菅官房長官などは「申し入れ」をするとか「事実関係の問い合わせをする」という程度の表現はしますが、「遺憾」であるとか「抗議する」ということは一切なく、また、メディアとしてもそれで済ませようとしているように見えます。

 どうしてなのでしょうか?

 何と言っても、日本という国は第2次大戦の敗戦、とりわけ諜報戦・情報戦に完敗した経験から、官民挙げて諜報活動というものに距離を置いてきたということがあります。秘密裏に相手国の情報を収集したり、重要な問題を自国の世論から隠したりというカルチャーそのものに対して良い意味で関心がなく、つまり依存したり過敏になったりしないということがクセとしてついているのだと思います。そのことが、この種の話題への反応を冷静なものにしていると見ることができます。

 これに加えて、政権の中に「アメリカと利害が対立する」点が少ないということがあると思います。つまり「見られて困るような情報は少ない」ということです。自衛隊の主要な作戦システムは米軍と一体化されていると言われていますが、最高の国家機密に類する軍事情報に関してすら「ほとんどアメリカに隠す必要がない」状況下では、監視されることへの懸念は少ないのだと考えられます。

 政権以外のグループにしても、例えば極左や極右あるいは宗教的な集団などでも、アメリカと大きな対立点を抱えているとか、アメリカが真剣に脅威とみなしているグループはほとんどないのだと思います。そのために、CIAやNSAも真剣には覗いていないだろうとか、見られても困らないし腹も立たないということがあるのではないかと思います。中には「覗かれているほうが一人前として見られていることになる」などと考える向きもあるわけで、そのぐらい緊張感はないのかもしれません。

 日本に対する諜報活動に関しては、1990年代の冷戦終結後にクリントン政権が「せっかく作ったエシュロンの使い道がない」として、当時は米国経済の脅威であった日本の産業界の活動を「監視」するために盗聴行為を繰り返していたという報道があります。ですが、仮に産業界が監視されていたとしても、北米市場というのは日本の産業界の「主要顧客」ですから、産業界としても「事を荒立てたくない」という態度になるのだと思います。

 では、日本にとっては「NSAスキャンダルは他人事」であって、別に「日本が監視対象であっても怒らなくていい」のでしょうか?

 これは違うと思います。日本にとっての二国間関係は、日米関係だけではありません。第三国から見た場合に、仮に日本との二国間で「当面は秘密裏に交渉した方が万事うまく行く」というような懸案事項があったとします。そうした進行中の課題に関する情報が、NSAの監視を通じて米英同盟に対して「筒抜け」であるというのは日本の国益には反すると思います。

 通商分野でも、例えば企業間の民間ベースの取引で、日本政府や日本企業が米国に監視されていても無頓着であると思われれば、その分だけ相手は警戒するし、リスクを取って情報を共有することには消極的になると思います。その意味で、独立国が他の国によって網羅的に情報をモニターされているという報道があったとして、そのことに関して怒りもせずに冷静な態度で一貫しているというのは決して自然ではないと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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