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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
サッチャリズムが、現代日本の参考には「ならない」3つの理由
マーガレット・サッチャー元英首相の訃報に接しました。87歳ですから大往生ですし、認知症の発症を公表してからの「静かなお別れ」の期間も十分にあったと思います。その間には、「盟友」とされたロナルド・レーガン元米大統領の死(2004年)という事件があり、その国葬に参列するにあたっては元気な時代に書いておいた弔辞を公表するというエピソードも思い出されます。
ちなみに、この「引退後のサッチャー氏」に関しては、メリル・ストリープが演じてオスカーを取った "The Iron Lady"(邦題は『マーガレット・サッチャー~鉄の女の涙』、フィリダ・ロイド監督、2011年)という映画が作られています。賛否両論の激しかった彼女の政策や政治手法のフラッシュバックと、老いて衰えた同氏の姿を重ねることで、「バランスを取る」という不思議なアプローチの演出がされており、映画としては特殊な、そしてやはり政治的な作品だと言えると思います。
さて、このサッチャー氏の政治手法、いわゆる「サッチャリズム」について、どう考えたらいいのでしょうか? 政治家としての資質、その果断な意思決定や、強烈なレトリックの駆使といった点では、私は20世紀後半に一時代を築いた「傑物」であることは間違いないと思います。また、女性の権利や機会に関して、いわゆる「ガラスの天井」を粉々にぶっ壊したということでは、その功績は計り知れないでしょう。
ところで、例えば安倍晋三首相は自分の「お手本にしている」と言っているようですが、果たして政策としての「サッチャリズム」というのは、現代日本の諸問題の解決に参考なるのでしょうか? この点に関しては、私は「ノー」であると思います。3点申し述べます。
1点目として、経済政策を考えてみましょう。現在の安倍首相のいわゆる「アベノミクス」つまり、「金融緩和、通貨価値の下落、公共投資増」という手法は、「インフレ退治と財政規律」のために戦ったサッチャーとは正反対の政策であり、「サッチャリズム」を保守であるとすれば、「アベノミクス」は極端なまでにリベラルな経済政策であると言えます。
それはともかく、サッチャリズムというのは、仮にアベノミクスが失敗に終わって、日本経済が更に危険な水域に入った場合には、真剣に考えるべき政策になると思います。しかしながら、この2013年4月の段階、つまり、とりあえずの株高や、輸出における円安メリットを「何とかして実体経済の改善に結び付けよう」という努力が続いている現時点では、参考にはならないと考えられます。
サッチャーは確かに「既得権益」と戦いました。ですが、それは現業における組合労働者、つまり中間層あるいは庶民階層の権利を崩すというものでした。一方で、現在の日本経済の場合は、こうした種類の労働は既に海外移転もしくは非正規化されてしまっているわけで、問題は生産性の低いオフィスワークや世代間格差にあるわけです。この点でも、サッチャリズムは余り参考になりません。
2点目として、安倍首相は、サッチャーの教育政策が「自虐史観」を「追放した」として評価しています。ですが、これも日本の場合は条件が異なります。第2次大戦後の英国は、女王を含めた支配階級の合意によって「植民地の独立」と「帝国主義的権益の放棄」を国策としていました。サッチャーは70年代の後半の時点で教育におけるそうした「反省史観」を続けることに反対したわけですが、その際には英国は過去の権益は吐き出してしまっていて十分に貧しくなっていたのです。ですから、国際社会からの反対はなかったのです。
日本の歴史認識の問題は、英国とは構造が違います。一言で言えば、戦前戦後の「国体=国のかたち」が一貫しているという前提で、「だからダメなんだ」という左派と、「だから戦前も正しかった」という保守が拮抗しているわけです。その中で、「だから戦前も正しかった」としてしまうと、最後の世界大戦を「枢軸側を悪として終結させた」戦後の世界秩序で孤立するというパラドックスに陥ってしまいます。
つまり、日本の場合は「国体が一貫していると宣言しつつ、反省を返上する」ことは、周辺国に「日本は邪悪な存在」だとして「敵視」することの正当性を与えてしまうことになるわけです。無関係な世代にまで反省を継承したくないのであれば、国体が変化して平和国家へと移行したということを認める必要があるのです。この点で、「十分に貧しくなったから反省を返上しても許された」という80年代の英国の比較的単純な状況とは条件が違います。
3番目として、フォークランド(アルゼンチンではマルビナス)諸島の問題で「果敢に戦った」ということを評価する向きもあるようです。このケースですが、尖閣の問題には適用できないと思います。現在の日本と中国は、1982年当時の英国とアルゼンチンと比較した場合に、経済的・社会的な関係の深さは全く次元が異なります。また東アジアにおける米国のプレゼンスを考えると、フォークランドの際のように「米国が仲裁を投げ出す」可能性も低いでしょう。フォークランドと尖閣を重ねて考えるということは、尖閣の持つ政治的な複雑さを無視した議論だと言わざるを得ません。
ちなみに、前述のメリル・ストリープの映画ですが、基本的には「アンチ・サッチャー」の立場から作られた映画だと思います。冒頭シーンで、引退後のサッチャーが「牛乳を買いに行く」というエピソードがありますが、サッチャーと牛乳というのは深い因縁があるからです。というのは、1946年にアトリー内閣が実施した「子供たちの給食におけるミルクの無償配布」という法律をサッチャーは廃止したために、サッチャーは「ミルク・スナッチャー(牛乳を強奪した人物)」というニックネームを付けられているからです。
もっと言えば、韻を踏んだ「マギー・サッチャー・ミルク・スナッチャー」という表現まであるそうです。こうした前提からすると、「サッチャーがミルクを買いに行って、値段が高いので小さなサイズにした」という映画の冒頭のシーンは、強烈な皮肉以外の何物でもありません。政治的映画というのは、そうした意味です。
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