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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
頭部銃撃から生還、ギフォーズ議員辞職の周辺
昨年2011年の1月8日にアリゾナ州ツーソンのショッピング・モールで発生した暗殺未遂事件で狙撃された、ガブリエル(ギャビー)・ギフォーズ下院議員(民主)は、頭部貫通銃創を負いながら奇跡的に一命を取り留めました。その後、軍医としてアフガンの戦場で最先端の治療に当たっていた韓国系の名医ピーター・ルー医師の治療などもあって、同議員は議会への登院が可能なところまで回復しています。
そのギフォーズ議員ですが、今年は選挙の年ということで11月には改選があるのですが、「選挙区の期待に100%応えられる状態ではない」のでリハビリに専念するとして、今週の水曜日25日をもって議員を辞職しました。下院議員の場合は、当該選挙区の代表として非常に多くの案件を処理する「政治マシーン」の要、しかも2年ごとに全員改選というシステムは議員の名誉職化を絶対に許さないわけで、今回の出処進退は鮮やかだと言えるでしょう。負けそうだから降りたというような簡単な話ではないと思います。
25日の辞職に関しては、ギフォーズ議員は下院本会議場で自らベイナー下院議長(共和)に辞表書を提出すると、普段は「こわもて」の議長も涙を浮かべていました。また、通常は議長以上に手強い政敵である共和党のカンター院内総務も「ギャビー、あなたは我々の誇りです」と泣きそうな顔で演説をするなど、本当に久々に与野党が仲良く彼女の回復を祝い、辞職という決断を厳粛に賞賛していたのです。
では、このニュースは美談だけなのでしょうか? そうとも言えません。まず、ギフォーズ女史は一命を取り留めたものの、9歳の少女を含む6名が死亡した悲惨な銃撃事件については、分からないことだらけです。犯人のロフナーが黙秘を貫いているために背景はいまだに不明であり、事件直後にはロフナーが議員のストーカーだったという説も流れましたが、真相は分かりません。
真相は分からないのですが、この銃撃事件の政治的なインパクトは妙な形で出ています。事件の政治的な影響の1つ目は、この事件がペイリンの失速をもたらしたということです。事件の直後に散々ニュースを賑わせた1つのストーリーがあります。それは、2010年の中間選挙の際に議員の政敵と言って良い「ティーパーティー」が「落選ターゲット」として、ギフォーズ議員を指定しており、例えばサラ・ペイリンがホームページに「ターゲット選挙区」を銃撃の標的のようなデザインで描いたイメージを掲載していたという話題です。
勿論、その話はそれ以上でも以下でもないのですが、事件直後に「サラ・ペイリンが扇動したために銃撃事件が起きた」という印象論がメディアや民主党系の政治家たちによって拡散していきました。ペイリンはここで重大な誤りを犯したのです。1つはレスポンスがどうしようもなく遅かったことであり、もう1つは「誤解への怒り」を表明するばかりで犠牲者や当時は生死の淵にあったギフォーズ議員への「お見舞い」のメッセージを出さなかったのです。
とにかく、飛ぶ鳥を落とす勢いだったペイリンが、この時点から失速をはじめ、早々に2012年の大統領レースからは降りることになりました。それだけではなく、現在の共和党では候補者レースの中で「ティーパーティー直系の候補」は1人も残っていないのです。それはともかく、どうしてあの銃撃事件からペイリンの凋落が始まったのか、今でも不可思議な印象は残ります。
2点目は、この悲惨な事件が起きたにも関わらず銃規制論議が一切起こらなかったことです。ギフォーズ議員自身が事件前には「反ライフル協会」の銃反対派であり、民主党としてはこの事件を銃規制のキッカケにしようとすればできたはずです。例えば、1992年にルイジアナ州で発生した服部青年射殺事件では、その後に就任したクリントン大統領は事件を重く見て銃規制法の制定を成功させています(現在は失効)が、今回はそんな動きはありませんでした。
背景には、景気が悪い中で与野党が激しく対立する中、中絶や同性愛の問題だけでも衝突がひどいのに、それ以上に左右の意見に差のある銃の問題は、対立を修復不可能にするだけで政治的に取り上げる時期ではないという判断があったのだと思います。後は、アリゾナという「銃が生活に密着している」土地での事件を契機に、銃規制を全国的に言うことへの抵抗感もあったのでしょう。それにしても不自然な話です。
3番目は、アリゾナ政界を二分していた「不法移民に対する職務質問」を制度化した新法の扱いです。町を歩いていて「移民」だと「外見で」判断できた場合に、合法滞在を証明するIDを持ていなかったら即逮捕ができるというこの法律に関しては、オバマ大統領も絶対反対を表明するなど、深刻な政治問題になっていました。この問題に関してですが、余りにも対立が激しいために、犠牲者の追悼をしたり、ギフォーズ議員の回復を祈るためには「政治休戦」が必要でした。
そこで、新法絶対反対派のオバマ大統領と推進派のアリゾナ州知事、ジャン・ブリュワー女史は、例えば事件直後の2011年1月12日にアリゾナ大学で行われた追悼集会では、知事と大統領夫妻は一緒になって、式典を厳粛なものにするための努力をしていたわけです。ですが、そうした和解ムードはギフォーズ議員の回復と歩調を合わせるように消えて行きました。
昨年秋には知事によるこの新法擁護の本が出版されていますが、その中にホワイトハウスに対する中傷があったとして、再び大統領と知事の確執はヒートアップしているようです。今週の25日、それこそギフォーズ議員を下院議員たちが拍手と涙で送り出した当日に、遊説のためにアリゾナを訪れたオバマは、出迎えたブリュワー知事と「エアフォースワン」を降りるなり、いきなり激しい言い合いをしていたぐらいです。
もしかしたらギフォーズ議員は、銃規制、不法移民の取り締まりという2つの「火種」を抱える選挙区において、自分が死線をさ迷うことで同情を集め「束の間の平穏」をもたらしていたのかもしれません。同女史の議員辞任で、そのモラトリアム期間も終わったということなのでしょう。
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