コラム

JAL更生法適用に思う改革の遅れ

2010年01月13日(水)14時47分

 騒ぎの続いたJALの再建問題ですが、最終的に更生法適用ということになったようです。航空会社が更生法を使って再建を果たすというのは、アメリカでは日常茶飯事ですから余り驚きはありませんが、やはり時代の流れを感じます。一言で言えば、航空ビジネスというのもが、何か「雲の上の産業」であった時代が終わり、ビジネスライクな運輸業の1つとして「当たり前」の存在になってゆくということだと思います。

 その「雲の上の産業」というのは、例えば国会議員や首長が往復100万円を超えるファーストクラスで出張して、それが丸々売り上げになるとか、他の運輸業や接客業に比べて人材観やサービスの細かな部分が大袈裟だったりという「異常さ」があったということです。アメリカの場合は、各社が破綻を繰り返す中でそうした業界特有の「雲の上」的な性格は消えていきました。JALの再生もそうした方向性になるのだと思います。

 勿論、航空会社が「普通の会社」になっていくとしても、安全管理の水準だけは妥協すべきではないと思います。パイロットや整備士の士気と人材の質は、やはり航空会社の信頼の要だからです。

 今回の更生法適用への流れですが、私が違和感を感じたのは政府の姿勢がコロコロ変わる中で、株主が翻弄されたことです。事実上債務超過になっているにも関わらず「政府の支援がありそうだ」という報道や、株主優待券を受け取る権利があることなどから株価が67円を維持していたのも異様なら、それが更生法適用に傾くと売り一色になって暴落したのですが、まともな訴訟社会だったら政府の一連の言動は株主訴訟に耐えられないのではないかと思います。

 債務超過という厳然たる事実を前にして、市場に判断を委ねるのではなく、中途半端に政府が保証してみたり突き放してみたりというのは、余りに稚拙です。「日本式」感覚では「正式発表」以外の政府高官の言動や、結論めいた報道を許すような情報リークについては一切法的責任は問われないのかもしれませんが、世界標準からすれば「ダメ」だと思います。

 もう1つは、値幅制限とストップ安の問題です。価値がゼロに近い株券が67円をつけていたのも問題ですが、一斉に売りが出て売買の折り合うポイントがない、すると値幅制限一杯の30円安で比例配分して市場を閉めることになるのですが、そうすると火曜日の終値の37円というのもフィクション以外の何物でもありません。

 また火曜日に37円で売れた人は「良かった」ということになるのでしょうが、本当は2円とか5円で買えるはずの人が37円で買わされたという側面もあるわけですし、何よりも実態は限りなく価値がゼロの株が37円という株価で残っているというフィクションで一晩越したのは異常です。結果的に翌日には株価は7円で寄りつきましたが、これも値幅制限があるので7円未満には下がらないのです。

 その値幅制限にしても、67円からの30円安は45%ダウンですが、37円から7円の30円安は82%ダウンと率では大きく違います。規制といっても、その計算方法は形式的で根拠はほとんどありません。

 こうした悪しき規制を段階的に廃止し、投資家も市場も実態に即した迅速な取引ができるような「規制緩和」は、ハゲタカ優遇でも、外資の手先でもないのです。にも関わらず、他の問題と一緒になってこうした市場そのものの規制緩和も停滞しています。

 これは、自民党政権が規制緩和を進める一方で、そうした自由な市場に参加できる「リスクを理解し、リスクを取れる」社会を作って来なかったからだと思います。生存権や個の尊厳に関わる雇用や福祉には政府の責任ある保護が求められますが、市場を中心とした金融システムについては「規制緩和」を通じた強化はやはり必要だと思います。そうでなくては、投資家にしても事業会社にしてもグローバリゼーションの中で敗北を重ねるだけだからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

不確実性高いがユーロ圏インフレは目標収束へ=スペイ

ビジネス

スイス中銀、必要ならマイナス金利や為替介入の用意=

ビジネス

米新政権の政策、欧州インフレへ大きな影響見込まず=

ワールド

EU外相「ロシアは安保の存続に関わる脅威」、防衛費
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 3
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピー・ジョー」が居眠りか...動画で検証
  • 4
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 5
    大統領令とは何か? 覆されることはあるのか、何で…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    世界第3位の経済大国...「前年比0.2%減」マイナス経…
  • 8
    トランプ新政権はどうなる? 元側近スティーブ・バノ…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    米アマゾン創業者ジェフ・ベゾスが大型ロケット打ち…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story