- HOME
- コラム
- プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
- オバマの「大見得」は政治的危機の突破口になるか?
冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
オバマの「大見得」は政治的危機の突破口になるか?
9月9日(水)にオバマ大統領は暗礁に乗り上げていた「医療保険改革」への支持を挽回するために、両院議員総会での演説に踏み切りました。行政の長の議会演説というと、日本の「施政方針演説」に似ていますが、アメリカではもう少し上の格式を与えられています。というのは、大統領の議会演説というのは、通常は予算教書の一般演説(ステート・オブ・ユニオン・アドレス)に限られ、それ以外には、例えば9・11直後のブッシュ大統領の演説(2001年9月20日)など特別な場合だけです。背景には、三権分立の立場から、大統領が議会での論戦に直接参加して政治力を行使することを禁ずる思想があります。
そんなわけで、大統領にとって、これは大きな賭けになりました。成功すれば政治的ポイントを稼げますが、失敗するとダメージが大きいからです。上院(定数100)議場では狭いので、下院議場を使って上下両院議員と閣僚が一同に会する中、呼び出しの「下院議長殿、合衆国大統領の入場です」というかけ声に続いて大統領が入場、周囲から握手攻めになるなか時間をかけて登壇して、1時間弱の演説を行う、その内容は3大ネットをはじめとするTVで全国中継される、これは大きなイベントに他なりません。
さて、かなりのリスクを伴うこの演説ですが、内容は事前には極秘とされました。中には、反対の集中している「パブリック・オプション」という公的保険の創設案を取り下げるなど、思い切った妥協を行うのではとか、逆に反対派への厳しい反撃をするのでは、などと様々な憶測が流れていたのです。実際問題、入場直前の大統領(立っていた位置の関係で待っている表情がカメラに映ってしまっていました)は静かに通路の天井をみつめていましたし、ミシェル夫人の表情も硬いものがあって、ピリピリした緊張感が漂っていたのです。
その演説ですが、非常に精緻な設計がされていたように思います。まず内容ですが、パブリック・オプションを含む具体案の変更はなし、逆に財源の明確化や保険加入拒否者への罰則規定を設けるなど、個別の反論には応えており、ファクトの部分で説得力が増したという点があります。また、不法移民への公的保険付与は「一切しない」と明言、この部分では民主党サイドも含めて一瞬議場はシーンとなりました。ペロシ下院議長は、この箇所で配られた原稿を確認していましたから、どうやら根回しはなかったようです。その一方で、共和党を中心とする反対派にはかなり厳しい攻撃も加えていました。米国議会では珍しいヤジ騒動まで起きたのですが、そのぐらい、反対派に対する大統領の姿勢は容赦のないものだったと思います。
とにかく、原稿を徹底的に練り上げただけでなく、パフォーマンスも見事でした。正に演壇の上から議場全体をにらみ回して「大見得を切る」と言う感じで、合衆国大統領の面目躍如というところです。何と言っても、今回の演説の成功は、戦略が明確だったということです。それは「全員を説得するのはムリ」という観点から、「民主党右派、共和党左派」といった穏健派の取り込みにフォーカスしたということだと思います。イデオロギー的に「小さな政府、人生設計は自己責任」という考えに凝り固まった共和党右派は徹底して叩く一方で、実務的な観点から有権者に対する細かな不利益変更を恐れる穏健派を徹底して抱き込む、そうした明確な戦略を持った演説だった、それが成功要因のように思います。
演説中に、共和党のジョー・ウィルソンという下院議員から「嘘つき」というヤジが飛ぶという一幕もありましたが、演説の内容が反対派には容赦ないものだったということも背景にはあるでしょう。但し、アメリカ議会の慣行からすると、大統領の演説中のヤジというのは悪質な違反ということで、本人は直後に全面謝罪に追い込まれています。ただ、謝罪後も「懲罰を」とか「議場での公式謝罪を」という声が民主党側からは出ており、根深い対立はまだ続いています。
ちなみに、この日の午後8時からというタイミングについては、「視聴率」を危ぶむ声がありました。というのは、NBCが「スーパーモデル」選抜のリアリティショーの第1回放映を予定、またESPNではテニスの全米オープンの準々決勝でアメリカの17歳の少女メラニー・ウダン選手(ここまでに、シャラポア、ペトロバ、デメンティエバを破ってきた人気急上昇中の新人)が登場するということで、強力な「裏番組」の存在が懸念されたのです。ただ、NBCは新番組の時間を繰り下げて演説の生中継に参加してきましたし、アメリカ人として気になるウダン選手の方は、大統領演説の少し前に始まった序盤戦では既に相手(デンマークのボズニアッキ)に押されて精彩を欠いていました。そんなわけでTVの視聴率戦争という点でも大統領には強運がついて回ったようです。
CNNによれば、TVで演説を見た人の67%が改革案を支持しているそうです。また演説を見た人の中の14%が演説を見て意見を変えたと表明しているという点から見れば、成果はあったと評価すべきでしょう。ただ、この調査対象に関しては母数が民主党に偏っているそうですから、楽観は許されません。この演説で出てきた「反転」気運に上手く乗れるか、大統領としては正念場が続きます。
環境活動家のロバート・ケネディJr.は本当にマックを食べたのか? 2024.11.20
アメリカのZ世代はなぜトランプ支持に流れたのか 2024.11.13
第二次トランプ政権はどこへ向かうのか? 2024.11.07
日本の安倍政権と同様に、トランプを支えるのは生活に余裕がある「保守浮動票」 2024.10.30
米大統領選、最終盤に揺れ動く有権者の心理の行方は? 2024.10.23
大谷翔平効果か......ワールドシリーズのチケットが異常高騰 2024.10.16
米社会の移民「ペット食い」デマ拡散と、分断のメカニズム 2024.10.09