コラム

「私たちのオールスター」はオバマの真骨頂

2009年07月20日(月)14時15分

 先週のMLBオールスターでは、オバマ大統領が登場して始球式を行ったり、TVの解説ブースに招かれて得意の座談を繰り広げるなど、野球ファン向けの「パフォーマンス」を行った、そんな報道がされています。アメリカのメディアでも「オバマは意外と野球も好きらしい」などと報じられているところを見ると、「大統領は所詮はバスケの人」というイメージがこれで少し変わったようで、手の込んだパフォーマンスの効果はあったようです。

 ですが、このオバマのオールスター登場には、それ以上の深謀遠慮がありました。ホワイトハウスはMLB事務局と念入りに打ち合わせて、このオールスターの開会式に「私たちのオールスター(All Star Among US)」というイベントを持ってきたのですが、これがなかなか大がかりで、いかにも「オバマを大統領にいただくアメリカ」らしい時代のムードを演出するのに成功していたと思います。

 私たちのオールスターというのは、全米から選ばれたボランティア活動家など「人々を勇気づけた我らのヒーロー」20数名で、それぞれに出身地のMLBチームのユニフォーム(のジャージーという上着だけ)を着て登場しました。その中から、5名が「歴代大統領」によって活動が紹介されるという趣向です。勿論、大統領経験者全員をセントルイスに勢揃いさせては大変なことになりますし、オバマの存在感がある意味で「かすんで」しまうので、オバマも含めてこの部分は全員ビデオメッセージという形でしたが、さすが大統領経験者たち、その紹介の仕方は重厚なものでした。

 最初はカーター元大統領で、地元ジョージアのライアン・ハウズリーという青年を紹介していました。ハウズリーは弟のエブンがイラクに派兵されたのを契機に、派兵中の兵士に物品を寄付して送る「ヒーローボックス」という企画を思いつき、すでに1万2000箱を戦線に届けたそうです。軍人ではないが、軍のサポーターという位置づけの人間を、5人の中では最もリベラルと目されるカーターに紹介させるというなかなか計算された演出でした。

 移行は、ブッシュ・シニアが17歳のゲーリー・リアム君。難病にも関わらずオールAの高校生で、自身の病気を研究する基金を自分で立ち上げたというエピソードを持っている人物です。ビル・クリントンは、クリスティン・シャドというカリフォルニアの女性でした。抗ガン剤で頭髪を失った人向けに毛糸の帽子を編む運動を続け、1万8500人のガン患者に対して帽子を届けたというのですから大したものです。

 ジョージ・W・ブッシュはロブ・ディクソンというボストンの黒人青年を紹介しました。感染症患者の子供を支援して大学に進学させる「立ち上がれプロジェクト」を主宰している学校の先生です。右派のイメージの強いブッシュには、天敵とも言えるボストン地区の人を、しかも黒人の活動家を紹介させるというのですから、ここにはある種の「和解」というメッセージが見て取れます。ブッシュのメッセージ朗読もなかなか立派なものでした。

 最後に出てきたオバマは、ガンで子供を亡くしたリチャード・マリス氏を紹介、ガン患者の子供を毎週の治療への送り迎えをするプロジェクトを続けているという泣かせるストーリーでした。この「私たちのオールスター」には "GO BEYOND"(乗り越えてゆこう)というスローガンが添えられていましたが、何を乗り越えてゆくのかという意味については、色々な解釈が可能です。それぞれの「ヒーロー」にとっては、それぞれの困難の克服ということなのでしょうし、全体的にはやはり「この困難な時代」の克服ということなのでしょう。この「私たちのオールスター」が紹介された後に、国歌独唱が行われ、開会式はクライマックスを迎えたのでした。

 では、どうしてこんな、手の込んだ演出が必要だったのでしょう。一つには、オールスターにオバマ大統領がやってきて始球式を行うという「パフォーマンス」に伴う「唐突な感じ」を消そうという意図が感じられます。とにかく、単に始球式だけでは売名行為などという非難を浴びてもおかしくありません。ですが、人道的な活動をした「私たちのオールスター」を顕彰するという大義を掲げ、しかも「歴代大統領と一緒にビデオでメッセージを伝える」という方法を取れば、誰も非難できなくなるというわけです。

 もう1つの深謀遠慮は「敵に対する団結としての愛国心」から「国内の困難に立ち向かう愛国心」への転換というメッセージを伝えようということだと思います。「私たちのオールスター」が紹介され、中道やや左のシェリル・クロウによる国歌独唱が続く中で、「お約束」の空軍機が飛来しましたし、開会式には兵士達が星条旗を掲げていましたが、そのムードは「戦時の愛国」とは全く違うものでした。そうした雰囲気、つまり「平時にあって国内の課題に取り組む」という時代の雰囲気を演出する、それがこの大がかりな「私たちのオールスター」という演出だったのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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