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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
松井秀喜、ギリギリの闘い
今日(2日)までの3日間、新ヤンキースタジアムに移って初めての「ヤンキース対マリナーズ」3連戦が行われています。試合内容はともかく、私にはとにかく感慨深い戦いです。感慨深いというのは、新球場での「マツイ対イチロー」対決だったということではありません。一つは、ここ数試合、ナ・リーグ球団主催の交流戦が続いたためにDH(指名打者)の松井秀喜選手はほとんど出番がなかったわけで、久々の先発出場だったということがあります。それ以上に、松井秀喜選手がヤンキースに入団した2003年以来7年間続いた、このユニフォームでの対決が今年限りという可能性が日に日に濃くなっている中での「直接対決」という状況があるからです。
松井秀喜選手にとって、今年は2005年のシーズンオフに結んだ4年間5200万ドル(約49億円)という大型契約の最終年になるのですが、ここ数年の両ヒザのケガと手術、更にそのヒザをかばっての太もものトラブルが重なって思うような力が出せていないのです。結局この3連戦でも、初戦では3打席目に2塁打を打って反撃のきっかけを作りながらも代走を送られ、2戦目は相手が左投手を送ってきたために出番はなし、第3戦では再び先発して苦しい戦いの中(本稿の時点)追撃のツーランホームランを打っています。
私は長年のヤンキースファンであり、松井秀喜選手が加入して以来もずっと応援してきていますが、現状は大変に厳しいと言わねばなりません。4年契約の切れた後、来季以降ヤンキースに残れる可能性はジリジリと減ってきています。例えば、7月と8月でホームランを20本打つとか、プレーオフやワールドシリーズでMVP級の活躍をするということなら可能性が出てきますが、仮にそうであっても五分五分だと思います。というのは、現時点での年俸1300万ドル(約12億円)というのがネックになっているからです。
というと、年俸を下げて1年契約でも良いから残留できないのか、そんな疑問が湧いてきます。恐らく松井選手自身もそんなことを思ったこともあるのではないでしょうか。でも、それは許されないのです。松井秀喜選手というのはMLBを代表する一流選手の一人です。契約関係は専属のエージェントに任せていますし、エージェントは最高の契約を取ってくる、選手は最高のプレーをするという役割分担があるのです。年俸交渉というのは、エージェントと選手が共通の利害として進めてゆくものであって、選手の一存で「給料が下がっても良いから、ヤンキースへの愛を貫きたい」というのは通らないのです。選手会の一員としても、そのような「非合理的」な行動は取れません。
では、ヤンキースのファンの心理はどうでしょう。松井秀喜選手は、ジーター、ポサダ、ペティットといった選手と同じようにファンからは「生え抜き扱い」がされており、誠実なプレー姿勢は深い尊敬を受けています。不幸なケガの事情もファンは良く知っているのです。ですが、仮にそうであっても、このままの状態、成績で契約の延長ということはファンは望んでいません。松井は好きだが、給料が高すぎるから放出は仕方がないというのが多くのヤンキースファンの心理です。
こうした態度は冷酷なのでしょうか? 確かにドライな面は否定できません。ですが、仮にヤンキースの側から次年度のオフォーがされずに移籍した場合は、その選手が敵の一員としてヤンキースタジアムに登場したときには、多くのファンが「去年までの貢献ありがとう」という拍手をもって迎えるのです。自分から進んで移籍した場合は「裏切り者」というブーイングの洗礼が避けられませんが、自分のせいでなければそうはなりません。(中には勘違いからブーイングするファンもいますが)
また、ある球団で「生え抜き扱い」の人気選手だった場合に、その後キャリアの後半を他のチームで過ごし、力の衰えと共に年俸が最高ランクからは下がってきた場合に、やや低い年俸で古巣に温かく迎えられるということもあります。今回のマリナーズ戦で4番を打っていたケン・グリフィー・ジュニア選手が良い例ですし、ヤンキースでもティノ・マルチネス選手などの例があります。水曜日に先発していたアンディ・ペティット投手も「帰ってきた」組の一人です。
メジャーという世界は、球団とファンと選手がそのような微妙な関係を通じて、厳格な成果主義と漠然とした帰属の感覚のマトリックスを作り上げています。その延長上に、アスレチックス、ヤンキース、エンゼルスの3球団の全てで自分の背番号「44」が永久欠番になっているレジー・ジャクソン選手のようなケースも出てくるのです。そこには、硬直した純血主義はありませんが、全体としては決してドライなお金だけの世界でもないのです。
私は今年、どうしても契約延長が不可能な場合は、松井秀喜選手がメジャーの中で移籍するということになっても仕方がないと思います。仮にそうなったとしても、ニューヨークのファンは、ヒデキ・マツイの「55番」は決して忘れないでしょう。
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