コラム

GM破産を待つ週末

2009年06月01日(月)11時12分

 GM(ゼネラル・モーターズ)への破産法11条適用がほぼ確定し、後は6月1日月曜日の朝8時に予定されている申請の手続きと、これに続く大統領の演説を待つだけということになりました。このエピソードは、アメリカを代表する企業の破綻であり、一時代を画したアメリカの自動車産業の敗北であり、また賃金労働者を組織して政治的な影響力を誇った産業別組合の時代の終焉でもあります。ですが、アメリカには悲壮感はありません。ただ静かに5月が終わるというだけであり、社会としては落ち着いたムードの週末になりました。

 週末のニュースのトップは、政治経済ではなく芸能ネタが主でした。アメリカでは、15年にわたって深夜のお笑いトークショー『トゥナイト』の司会を務めたジェイ・レノが、この29日の金曜日の放送を最後に引退したというニュースが大きく取り上げられました。大統領選の際には、この番組に候補が出演して、レノの「どぎつい突っ込み」への対応ぶりを見せるのは恒例になっていますし、最近では「就任100日」を前にしたオバマ大統領は現職の大統領としてこの番組を通じて世論にアプローチするなど、政治的な影響力も持っていたレノの引退は、一時代の終わりを告げるものでした。

 ある意味では「突っ込みどころ」ばかりのクリントン、ブッシュという2代の大統領の時代が過ぎ去り、何とも「スキのない」オバマの時代になったということが、こうしたレノの「どぎつい」風刺のスタイルも過去のものにしたのかもしれません。もう一つは、英国のタレント発掘ショー番組で有名になった「遅咲きの歌姫」スーザン・ボイルさんが番組の決勝戦に進出するというニュースで、結果的に2位に終わったことも含めてアメリカの各局では、何度も何度も取り上げられていました。

 政争となりかけていた最高裁判事の選任問題も、ここへ来て沈静化してきています。先週オバマ大統領が指名したソトマイヨール候補については、「白人男性より、ヒスパニック女性の自分の方が判断力がある」という過去の発言を材料に、一部の共和党議員から「最高裁判事には不適当」という声が上がっていました。中絶や女性の権利などの問題に関しても「リベラル派判事」という批判が出ています。これに対しては、リベラル系のメディアが一斉に「ソトマイヨール候補を潰したら、2年後の中間選挙で共和党はヒスパニック票を失う」という観測報道を展開すると、共和党議員団は一気に静かになりました。

 そんな中、週末にはカンザス州で、妊娠中絶医が暗殺されるという事件が飛び込んできました。アメリカの暗部を垣間見させるイヤな事件ではありましたが、これも、「この問題を政争にすべきでない」と言い続けている大統領の正しさを証明させる効果があったように思われます。更に言えば、この一件で益々共和党右派はソトマイヨール判事の信任を妨害することは難しくなったとも言えるでしょう。

 この暗殺事件のイヤな後味は残っているのですが、それ以外の点ではこの週末、本当にアメリカは落ち着いていました。GM破綻を静かに待ちながら、この半年間の激動を振り返ると、オバマ大統領がとりあえず公約したことはほとんど進めてきたのは認めざるを得ないと思います。株価や銀行の財務内容の問題など、まだまだ油断できない状況は続きます。ですが、とりあえず大きな混乱なく、クライスラーとGMを「出口」へ持っていったということに関しては、経済の視点からも、また政治的な実績としても評価できるように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ECBは利下げ余地ある、トランプ氏の政策機能ぜず=

ワールド

中国が南シナ海の鉄線礁を「統制下に」と主張、フィリ

ビジネス

TDK、26年3月期営業益予想は0.4%増 リスク

ビジネス

日経平均は4日続伸し一時3万6000円回復、米中摩
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 7
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 8
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story