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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
駐日アメリカ大使人事の第一報に接して
知日派であり、また「ソフトパワー」論の提唱者でもあるジョセフ・ナイ教授の駐日大使という「人事」が報道されてずいぶんになるのですが、なかなか正式発表がないと思っていましたら、この線は消えてしまったようです。代わりに浮上したのが、弁護士でオバマ大統領の有力な支持者である、ジョン・ルース氏という名前でした。
第一印象として「無名の人物」であるとか「大口の選挙資金寄付への見返り」だというような報道が日本ではされていますし、それに加えて、何となく「日本が軽視されている」というニュアンスがついてしまっているようです。ですが、私はこの人事は(仮に実現したとして)オバマ政権が日本を軽視しているという意味ではないと思いますし、それ以前に「日本とは良好な関係で、大きな問題はない」という姿勢の表れと見るべきだと思うのです。
例えば、歴代の大使の中で知日派の筆頭といえば、エドウィン・ライシャワー博士でしたが、この時代には日米安保条約の改定という大問題があり、アメリカとしては日米関係に危機感を持っていたのだと思います。どのようなアプローチをすれば、日本の世論が一斉反米にならずに済むのか、日本の反米意識はどこから先が危険範囲なのか、を踏まえたコミュニケーションを進めるには日本の文化や価値観を知り尽くした人物が必要だったのです。
また、同じく知日派で実力外交官だったマイケル・アマコスト大使や、副大統領経験者で大統領候補としても知名度の高かったウォルター・モンデール大使といった「大物」が配された時代は、これもまた日米関係が困難を迎えた時期でもありました。日本の膨大な輸出超過に対して、アメリカの政財界も世論も神経を尖らせる中、両国の価値観の違いが浮き彫りになった時代、また冷戦終結という事態を受けて安全保障の枠組みが再構築される時代でもありました。アマコスト大使は、日本側からは今でも「ミスター外圧」というニックネームと共に記憶されていますが、同大使はそれだけ緊張感のあるコミュニケーションを取り持ったということの証明でもあるでしょう。
こうした時代と比較しますと、今は日米に大きな懸案はないのです。経済は非常に危機的な状況ですが、それぞれが成長路線への回帰の努力を続ける一方で、中国経済の安定成長をヨコから支えるという方針は変えようがありません。米軍再編の問題も大きいですが、こちらもゲイツ国防長官+ヒラリー・クリントン国務長官としては、とにかく実務的に進めたいという姿勢でしょう。北朝鮮の政権世代交代も気になりますが、これも関係国の協調体制で臨むということにブレはないでしょう。安保改訂や貿易摩擦の時代とは全く違うのです。
では、仮にルース氏を大使として迎えることになれば、今後の日米関係は「無風状態」が続くのかというと、そう簡単には行かないと思います。オバマ大統領自身が「やり手の弁護士」であったことから考えると、同じく弁護士のルース氏も相当なコミュニケーション能力を持った人物と見るべきでしょう。「同業者」として能力やスタイルの点で信頼の置けない人物を、大国日本の大使に据えるということはオバマ政権はしないと思うからです。
ということは、今後の日米関係は「知日派の解説やエクスキューズ」といった「緩衝材」が間に入ったコミュニケーションではなく、もっとストレートでダイレクトなものとなる、そう考えねばなりません。金融危機が一段落した「次」には、オバマ政権は環境や核廃絶といった問題で、国際社会でのリーダーシップを取ろうと積極策に出てくることが予想されます。その際には、日本にも実務的な要求が次から次へと突きつけられるでしょう。その際には「日本人の発想法に特別に配慮した」姿勢ではなく、他の主要国と同じような実務的なコミュニケーションになるのではないかと思われます。
今回の大使人事のニュースに関しては、そんなわけで「日米が正常であることの証拠」であると同時に、「今後は特別なコミュニケーションスタイルは取らない」という宣言と理解するのが、とりあえず良いのではないかと思います。
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