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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
松井秀喜選手よ、ニューヨークの不況を吹き飛ばせ!
昨年秋に手術をした左足に不安を抱えた松井秀喜選手でしたが、シーズン当初はまずまずなスタートでした。ところが、ここへ来て運の悪い当たりが多かったりして打率が下がり気味、打線の中での影が薄くなっています。チームは8連勝で何とか3位に戻ってきているのですが、松井選手はどういうわけか調子の波に乗れないのです。大型トレードなど、チームの中に変化があったことや、同僚の王建民投手が不調だったり、A・ロッドことアレックス・ロドリゲス選手の禁止薬物使用疑惑など、周囲がザワザワしたということもあるでしょうが、一番の理由は不況の影ではないかと思うのです。
今年、ニューヨーク・ヤンキースは、第2次大戦前から85年間という長い間慣れ親しんだ旧球場に別れを告げて、カネに糸目をつけずに作った新球場を本拠地としてシーズンを迎えました。本来ですと、美しい「まっさら」の新球場で意気が上がるはずなのですが、ここに大変な落とし穴があったのです。選手たちに最も近い、ベンチ上や、ネット裏の内野席が連日ガラガラ、まるでそこだけ穴が空いたような、妙なことになっているのです。日本でも、ここニューヨークでもファンの声援をバネに、自分の力を発揮してきた松井選手にとって、これは困ったことなのではないかと思うのです。
球場移転というのは、単に建物がキレイになるだけではありません。引っ越しで一番影響を受けるのは、シーズンチケットのお客さんです。ヤンキースのような歴史のある人気球団では、それこそ先祖代々引き継いだというような「上客」が内野席を占めており、例えば81試合の主催ゲーム全部には行けない人でも、親戚や友人などでチケットを共同購入して分け合っている人も多かったのです。
ところが、球団は昨年夏までの景気、そして過熱する野球人気を前提に、大変に強気なチケット価格の設定をしたのです。主として法人向けのルームサービス付き個室(スイート)だけでなく、ネット裏やベンチ上の内野席にも1試合当たり2600ドル(約25万円)という価格を設定、シーズン通しの主催全試合81試合のセットしか用意しないだけでなく、2年からの複数年契約を条件としてきたのです。つまり、最高の席だと、1席を確保するのに40万ドル(約3800万円)以上を用意しないといけないというわけです。
最前列はともかく、内野の比較的良い席でも300ドルから600ドルということで、これは旧球場の価格の数倍という強気の設定です。球団は大変に豪華なカタログを作って、必死に営業をしていました。昨年8月の時点ではそれでも売れ行きは好調だという発表がされていました。ですが、9月のリーマンショックが事態を激変させたのです。球団の言う「プレミアムシート」は全く売れなくなり、結果的に昔からのファンのグループは、内野1階のグラウンドに近い席は諦めて2階席や3階席などのシーズンチケットに移動して行ったのです。
そこで起きたのは、球場全体の「玉突き現象」です。応援に一番熱心で、野球への理解も深く、ヤジもきつい「ディープなファン集団」は旧球場では2階席から3階席にいたのですが、価格の問題と、ファン歴(シーズンチケットの優先購入権はチケット購入を開始した年次による)が浅いことなどから、外野に追いやられてしまったのです。一番声の大きい集団が外野に行き、代わりに静かなオールドファンが真ん中、一番選手に近い内野席はガラガラという妙なことになってしまいました。
さすがに球団も一部「プレミアムシート」を半額にしたり、3枚につき1枚をタダにする、あるいは試合に来たファンの中から抽選で「座席のアップグレード」をやるなど、色々な工夫をしています。5月20日には、丁度ニューヨーク港に寄港していた空母の乗組員が招待されていましたが、席が豪華すぎたようで海軍の人たちも何となく居心地が悪そうでした。そうした工夫をしても、やはりこの「内野スカスカ」現象は埋められてはいません。
そうはいっても、この球団としてはチケット価格を簡単には値下げはしたがらないでしょう。ここは、松井選手に思い切り活躍してもらって、まずは「絶好調チームなのに、内野はスカスカ」という不自然な雰囲気を一旦作りあげてはどうだろう、私はそんなことを考えています。その上で、更に勝ち続ければ不自然さがどんどん明らかになるでしょう。そこで、球団も意地を張らずにチケットの値下げをする、ファンはファンで球場にもっと足を運ぶようになる、そんな球団とファンの努力で内野席を埋めるようにすれば、新球場のムードは盛り上がってゆくと思います。内野が満員になれば、この美しい新球場は更に見栄えがするでしょうし、このスタジアムが元気になれば、やがてニューヨークの街の活気も100%戻ってゆくのではないでしょうか。
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