コラム

裏切られ続けるクルド人の苦境に思うこと

2019年10月24日(木)17時40分

トルコ軍の攻撃を逃れてシェルターに避難したクルド人の母子 Muhammad Hamed-REUTERS

<アメリカがクルド人を利用しては見捨てる、という歴史の繰り返しの中でも今回のトランプ大統領の裏切りは特にひどい>

「日本人に生まれてよかったな~」と思う瞬間はありますか? 温泉に浸かってアニメを観ながら、豚骨ラーメンを召し上がるときとか?

では、逆に「〇〇人に生まれなくてよかったな~」と思う瞬間は? 僕は、ニュースを見てそう思うことは多い。特に最近だと「クルド人に生まれなくて、本当によかった」とばかり思っている。
 
多少失礼な言い方だが、けなすつもりは全くない。主にイラン、イラク、トルコ、シリアの国境地帯に住む山岳民族のクルド人は独自の文化、立派な伝統芸能や音楽、文学を持っている。ノーベル平和賞受賞者や世界一の水切りヨーグルトのメーカーの創立者など、世界に貢献している著名なクルド人もいる。もちろん、クルド人に生まれたならば、それを「よかったな~」ときっと思うはずだ。

でも、苦境に置かれているのは間違いない。なんせ、世界一のstateless nationつまり、国を持たない民族だからだ。

もちろん、クルド人は自分の国が欲しいと思っている。その名も「クルディスタン」。今のシリア、トルコ、イラン、イラクの4カ国にまたがったエリアの理想の国になるなら、その面積は39万平方キロ。クルディスタンは日本より大きい。世界に拡散しているクルド人を国民として集められれば、その人数は3500万人。クルド人はマレーシア人より多い。さらに、食べたことはないが断言させてもらえれば、クルド料理はイギリス料理よりおいしい。

なんで国がないのか? 理由は複数あるが、大国の裏切りが大きな要因となる。19世紀から自国創立を求める運動を起こしたクルド人は、第一次大戦でイギリス軍やロシア軍とともに、その地域を支配していたオスマン帝国対戦に参加した。そのご褒美も含め、イギリスは終戦後のセーブル条約(オスマン帝国の分割案が定められた)で、将来クルディスタンを建国させる約束をした。なのに、裏切った。

分断されたままのクルド人はそれからも、主にアメリカに利用されては、見捨てられる。例えば、アメリカはイラク政府と敵対すると、クルド人の民兵を武装して、政府への抵抗を勧める。しかし、自分たちの目的が達成できると、イラク政府から反撃を受けたクルド人が虐殺されてもアメリカは動かない。この悲劇はジョンソン政権のときにも、ニクソン政権のときにも、レーガン政権のときにも、ブッシュ・パパ政権のときにも起きている。クリントン政権のときはトルコ政府がトルコ国内のクルド人を、ブッシュ・ジュニア政権の時はやはりトルコ政府がイラク国内のクルド人を攻撃して大勢殺しても、止めなかった。アメリカの民主党と共和党はどんな課題においても対立する、両党の支持者がいると夜ご飯を喧嘩せずに食べることすらできないのに、「クルド人を守らない」という点においてだけ仲良く一致しているね。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story