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大江千里 ニューヨークの音が聴こえる
安倍元首相の死に思う「幸せ」の意味
愛犬「ぴ」と二人三脚で歩む幸せ(筆者提供) SENRI OE
<平和なはずの日本で起きた突然の暗殺事件。人生の儚さを前に、NY在住の大江千里が問い直す「幸せとは何か」――>
誰かにいきなり奪われる命。7月8日、安倍元首相が殺された。誰も想像さえしなかった出来事が起き、日本社会は不安と、言いようのない無念さに襲われた。
普段は起きないことが起きたことへの衝撃と、それをどう消化すればいいのかという、悶々とした気持ち。日本を良くするため、全力で遊説をする最中の襲撃であった。それがあんなふうに簡単に命が奪われてしまう様をまざまざと見せつけられると、いやでも応でも人の人生の儚さや、人にとっての幸せとか何かをふと考えてしまう。
平和な日本であるはずなのに――ああ、トランプ以降のアメリカに渦巻く、複数の階層が対立するような社会に日本も陥ってしまったのだろうか。
言いようのない「不安」は何もいま始まったことでもないだろうに、何やらこの事件でいろいろ考えれば考えるほど、なんだか闇の中にいるような気持ちになってしまう。
例えばふと、幸せとは何かを考える。オペラをいっぱい見るお金があるとか、都市部のタワーマンションに住んでいるとか、独り身で自由に外食ができるとか、家族も自分も健康であるとか、幸せの形は星の数ほどある。
僕はシンガーソングライター時代、多くの人に囲まれていたにもかかわらず常に不安で、満たされず、幸せではなかった。やりがいのある仕事をやっているのに心はもっともっとそれ以上を求め、常に自分を不安な場所へと押し上げていたように思う。
そのうち、40代後半で母が亡くなり犬が亡くなり友人が亡くなった。喪失というか、頭で人生は一回で賞味期限があると分かっていても、ヒリヒリするほど身に染みたのは初めてだった。10代の頃にやり残したもう1つの夢であるジャズを学ぶため、2008年、47歳でアメリカへ渡ったのはそういう経緯だ。
あれは賭けだった。人生をもう一度始めるための。ジャズ学校に通い始めると黒板の文字が見えなかった。老眼が始まっていたのだ。
僕と「ぴ」(という赤ん坊の愛犬)という1人と1匹で、4階まで階段で歩いて上る贅沢ではない部屋での生活。あれは突拍子もない変革だったが、「目標」が定まり身も心も軽くなった。
今回の事件が後世に意味するもの
幸せとは何か? といま聞かれれば、形じゃないと答えられる自分がいる。形である必要ももはやない。心に余裕があると迷いが起こるものだが、夢中で生きていると幸せとは何かすら考えない。もしかしたら、幸せなど分からなくても生きていけることが「幸せ」なのだろうか。
最近、ニューヨークでは銃による事件が多発している。散歩をしている最中に目の前で若い男の子が銃でウーバーの配達人を脅し、逮捕される現場に通り掛かる。ニューヨークで生きるということは、常にリスクと背中合わせだ。
安倍元首相の非業の死で言い得ないダメージを負い、まだ霧の中にいるような気分の方は多いだろう。世界中の人たちの心に影を落とした今回の事件が、後々に「あれが世界が変わる分岐点だった」と語られるような日が来るのだろうか。
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