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大江千里 ニューヨークの音が聴こえる
2022年、大江千里の職業は「生きること」
愛犬「ぴ」と新居で迎える初めての元旦 SENRI OE
<昨年はコロナワクチンでアナフィラキシーショックを経験したNY在住の大江千里。11月には3回目の接種も終え、2022年の目標を「生きること」に定めた理由とは>
明けましておめでとうございます。
役目を終えたツリーを片し、「さあ、今年こそ新たにまた動き出せるはずだ」と新しい年に希望を託していたまさに去年の1月2日、大家からいきなり「男の子が生まれるんだ。君が住んでいる場所を改造して家族のついのすみかにしたい」と告げられる。
「よく考えてくれ。君とは10年来の友人でもあるし」。10年住み続けている場所を動くのかと、頭が真っ白になった。コロナで疲弊している上、また新たな難題が降り掛かったと、袋小路に迷い込んだ気持ちになった。
2021年1月10日、予約していた1回目のワクチンを受ける。その5日後に今いる新居への引っ越しを終える。まるでジェットコースターライフ。
引っ越したその夜に、ガス漏れで2週間ヒーター、温水が止まったままに。シャワーなし、洗濯機なし、自炊なし。朝のコーヒーはカセットコンロで。ダウンを着て愛犬「ぴ」と抱き合い眠った。
そのうちこの状況の中でこそ新しい音楽をつくろうと思い立ち、パソコンとミニキーボードをつないで「1人」で「パンデミックジャズ」と銘打ち、新たな電子の音でのジャズをつくり始めた。ベース、ドラムなど全ての楽器を指で弾きサンプリングを多用し、アルバム『Letter to N.Y.』が完成。冬枯れの見慣れない景色の中で起こる、ブルックリンの人たちのエネルギー交換をそのままキャッチし音楽に。
また思いもよらぬ事件、2月10日に2回目のワクチンでアナフィラキシーショックを起こし昏睡状態に。だが助かった。本も上梓。タイトルは『マンハッタンに陽はまた昇る』(KADOKAWA)。コロナによって多くの価値観が崩壊するなかでひたすらサバイブし、そこから見つける希望をつづった。
帰国ライブはお預けだけど
11月1日、3回目のブースターワクチンはあっという間。迷いはしたが、それでも先へ進もうと受けることに。コロナでいったん全滅したライブやフェスの仕事が秋あたりから少しずつ復活。本数は少ないが未来への希望がともる。
そして今、10年分ほど過ごしたような気さえするが新しい家で迎える初めての元旦だ。日本は海外からのアーティストの招聘のめどが立たない状態なので残念ながら帰国ライブはまだお預けだ。
ニューヨークでの主要ライブハウスも復活はしてもまだ客足は微妙な状況。経済の復興には痛みが付き物だが、生きることが困難になる逆境の中で、人の情けや親切に触れ、たとえ懐は寒くても心は温かい。僕は、なおもこの街で生き続ける。
生きることとは僕にとって、音楽をつくり続け演奏すること。暗闇のトンネルから脱出できたのは「音楽」に背中を押されたからだ。心の信じるままに生きよう。
なくなった過去を振り返るのではない。人生がどれほど続くかは誰にも分からないが一日とて同じ日は来ない。その連続をミスしたくないと思うし、ほかの誰のためでもなく、いま生きている証しを深く刻んでいきたい。きっと理由がありここにいる。
職業は「生きること」。楽器は「笑顔」だ。
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