コラム

19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』

2024年04月25日(木)18時25分
エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命

イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオの新作『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』

<リソルジメント(イタリア統一運動)が進行する19世紀半ばに起こった「エドガルド・モルターラ誘拐事件」に基づいたイタリアの巨匠マルコ・ベロッキオの新作......>

イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオの新作『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』は、リソルジメント(イタリア統一運動)が進行する19世紀半ばに起こった「エドガルド・モルターラ誘拐事件」に基づいている。

洗礼がやがて歴史を動かすことになる

1858年、教皇領のボローニャに暮らすユダヤ人のモルターラ家に、教皇警察隊が押し入る。異端審問官の命を帯びた彼らは、何者かに洗礼を施されたとされる6歳の息子エドガルドを連れ去ってしまう。怯えるエドガルドは、ローマにある改宗者のための施設で、カトリック教育を受けることになる。

エドガルドの両親モモロとマリアンナは、息子を取り戻すためにあらゆる手を尽くす。教会による誘拐の報は、ユダヤ人のネットワークを通して世界に広まり、問題は政治化し、各地で非難が巻き起こる。しかしローマ教皇は不快感を露わにし、信仰の原理を盾に頑として返還に応じようとはしなかった。

では、誰がエドガルドに洗礼を施したのか。エドガルドが生まれた当時の使用人は、カトリック教徒のアンナ・モリージ。後に彼女が証言する。赤ん坊が病気で死にかけていると思い、そのことを近所の食料雑貨商に話すと、洗礼を提案され、その方法を教えられた。

そんな洗礼がやがて歴史を動かすことになる。社会人類学者デヴィッド・I・カーツァーが書いた『エドガルド・モルターラ誘拐事件』では、そのことが以下のように表現されている。


「無学な召使いの女と、食料雑貨商と、ボローニャの幼いユダヤ人の子どもの物語が、イタリアと教会の歴史の流れを変えることなどあり得ただろうか? その質問は、さほど突飛なものではない。アンナ・モリージ----ふしだらで、とても貧しく、自分の名前も書けない----のほうが、今日、イタリア中の町の広場に像が立っているリソルジメントの英雄たちよりイタリア統一に大きな貢献をしたと言うことができるのだ」

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『エドガルド・モルターラ誘拐事件 ある少年の数奇な運命とイタリア統一』デヴィッド・I・カーツァー著、漆原敦子訳(早川書房、2018年)

本作でまず注目したいのは、冒頭の短いプロローグだ。それは、「1852年、ボローニャ。ピウス9世統治下の教皇領に生後6か月の男児が家族と暮らしていた」という前置きから始まる。

最初に登場するのは、使用人アンナ・モリージで、一緒に部屋から出てきた軍服の男を見送る。そのとき、別の部屋からもれる声に気づき、覗いてみると、両親が赤ん坊に祈りを唱えている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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