コラム

トランプ政権下で国家機密の漏洩事件を引き起こした女性の実像、映画『リアリティ』

2023年11月17日(金)19時14分

映画の中のリアリティ

このプロローグにはふたつの狙いがあるように思える。ひとつは、当時の状況や空気を思い出させることだ。

同封された司法長官と司法副長官の手紙では、コミー解任の理由が、ヒラリーのメール問題での対応の誤りにあるとされていた。しかしそれが理由であれば、タイミングとしてあまりに遅く、突然に見える。そのコミーは、FBIが2016年の大統領選に対するロシア政府の介入に関する捜査をしていて、それにはトランプ陣営の選挙活動とロシアの動きのあいだに何らかの協力関係があったかどうかに関する捜査も含まれるという声明を出していた。

ルーク・ハーディングの『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』には、コミー解任に対する国民の反応が以下のように綴られている。

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『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』ルーク・ハーディング 高取芳彦・米津篤八・井上大剛訳(集英社、2018年)


「コミー解任に伴う世論は大統領にとって破滅的なものになるかと思われた。共謀の件については懐疑的だった人たちまでが、やはり何かあったのではないかと疑い始めていた。なぜコミーが解任されたのか、世論は納得しなかったのだ」

短いプロローグはそんな状況を示唆しているが、おそらくそれだけではない。もうひとつ興味深いのは、本編ではFBIの録音開始後の経過時間までもが途中で挿入されるにもかかわらず、プロローグでは日にちも場所も明示されないことだ。もちろん、「25日後」という情報から逆算すれば簡単にわかることだが、そこには狙いがあるように思える。

本作の尋問のなかで、リアリティの記憶が曖昧なために、機密文書を印刷した日にちを思い出せないとき、捜査官は「5月9日では?」と問いかける。そこで彼女が何曜日だったかを尋ねると、捜査官はすぐにわからず、スマホで調べて火曜日だと答える。

この場面は実に興味深い。5月9日はFBI長官が解任された日で、前掲書にはFBIの反応が以下のように綴られている。


「一方、FBIの職員たちも大いに困惑し、憤慨していた。元捜査官のボビー・チャコンはこの解任について『全職員がみぞおちにパンチをくらったようなものだ』と述べた。彼はガーディアン紙に対して、解任は無礼で言語道断な行為であり、FBIの評価を汚すものだと断言した。ほかの者たちは、これは進行中のロシア関連の捜査に『委縮効果』をもたらすだろうと予測した」

それを踏まえるなら、捜査官はすべてわかっていながら、最小限のヒントを提示して、リアリティ本人に思い出させようとしているように見える。それは、捜査官の以下のような発言にも表れている。


「私の考えでは君は腹黒い大物スパイではない。動機はよくわからないが、今の政治の全てに対する怒りかもと思う。テレビをつけると腹が立つことばかり。私はね」

これに対して、リアリティは、「私にとって職場は苦痛だったんです。書面でも訴えました。FOXニュースの垂れ流しはおかしい」と語る。

本作では、こうしたやりとりを通して、プロローグのニュースが流れる空間で起こっていたことが次第に明らかになっていく。

リアリティの内面と彼女を動かした要因

しかし、リアリティを行動に駆り立てたのは、ロシア疑惑をめぐる政治に対する怒りだけではない。本作は、音声記録に基づいているので、彼女が個人的なことを語る発言は限られているが、彼女のことをもっと知ると、その発言が様々なヒントになっていることがわかる。

リアリティについては、本作のほかに、彼女の人生が、スザンナ・フォーゲル監督、エミリア・ジョーンズ主演の『Winner(原題)』として映画化されることが決定している。その物語のベースになるのは、脚本を担当するケリー・ハウリーが2017年に「ニューヨーク・マガジン」に寄稿した記事"Who Is Reality Winner?"だが、そこにはリアリティの生い立ちから事件に至る軌跡が詳しく綴られている。

本作には、それを踏まえると、リアリティの孤独がより鮮明になるような発言が多々ある。

たとえば、彼女が中米のベリーズに遺跡を見に行った話は、単なる観光ではなく、実は父親の存在と深く関わっている。彼女は父親の影響で、積極的に言語を学び、アフガニスタンなどで人道的な活動に従事することを望むようになった。だが、精神的な支柱ともいえる父親は2016年末に亡くなり、彼女は父親を偲ぶために彼がいつも話していたベリーズの遺跡を巡った。

さらに、前の任務がアフガンのドローン絡みだったという発言も補足しておきたい。空軍におけるその任務とは、誰を標的にするか判断できるように通信の内容を翻訳することであり、人が殺害されるのを目撃せざるをえなかった。彼女は母親にPTSDの可能性があると伝えていた。彼女がヨガやクロスフィットに入れ込むのは、そんな体験と無関係ではないだろう。

そして、空軍を除隊し、海外に派遣されるキャリアを望んでいたリアリティは、FOXニュースが垂れ流しにされる職場で、意味があるとは思えないペルシャ語の情報を翻訳していた。本作からは、リアリティが精神的に追い詰められていく状況とロシア疑惑をめぐる政治的な混乱が交錯する瞬間が浮かび上がってくる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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