コラム

ホロコーストは、世界を覆う徹底的な合理化の先駆だった...映画『ヒトラーのための虐殺会議』

2023年01月19日(木)20時07分

しかし、そんな4者の図式から生まれるそれぞれのドラマでは、異なる要素が強調されていくことになる。

『謀議』では、ハイドリヒが、会議の合間の休憩時に、抵抗を示すシュトゥッカートやクリツィンガーと個別に会い、国家の敵とみなすなどの脅しによって彼らに圧力をかける。そして会議の終わりには、ハイドリヒが、参加者ひとりひとりから賛同の言質をとる。

さらに、ハイドリヒがクリツィンガーと個別に会う場面には、ある伏線が盛り込まれている。クリツィンガーは、彼の友人の知人に起こったことを話そうするのだが、そこで場面が切り替わり、内容まではわからない。そして会議が終わり、参加者の大半が別荘を去った後で、ハイドリヒがアイヒマンにその内容を語って聞かせる。

クリツィンガーの友人の知人は、愛する母親が亡くなったときに、なぜか涙が出なかった。ところが憎んでいた父親が亡くなったときには、涙が止まらなかった。その知人は、憎むことが生きがいになっていて、それを失って絶望したのだ。その話は、ユダヤ人への憎しみに対する警告になっている。

世界を覆う徹底的な合理化の特徴を備えていた

つまり、『謀議』では、「権力」や「憎しみ」といった要素が強調されている。だが、本作の場合は違う。本作で強調されるものは、世界を覆う徹底的な合理化を検証したジョージ・リッツアの『マクドナルド化する社会』のことを思い出させる。リッツアがホロコーストに言及した部分には、たとえば以下のような記述がある。

51Z0WZKJ6YL._SX333_BO1,204,203,200_.jpg

『マクドナルド化する社会』ジョージ・リッツア 正岡寛司監訳(早稲田大学出版部、1999年)


「ホロコーストは、合理性(そしてマクドナルド化)の基本的特徴をすべて備えていた。第一に、それは大量の人間を破壊するためのメカニズムであった。たとえば、銃弾が非効率的であることは初期の実験が示していた。ナチスは人びとを破壊するもっとも効率的な手段として最終的に毒ガスにたどり着いたのである。またナチスは、自分たちがやらねばならない多くの作業(たとえば次の犠牲者グループを選ぶこと)を遂行するのにユダヤ人コミュニティの成員を使うことが効率的であることを発見した(後略)」

本作の終盤には、軸となる4人が絡み合うドラマに、この引用を想起させるやりとりが盛り込まれている。

ハイドリヒは、理詰めで抵抗するシュトゥッカートに業を煮やし、唐突に会議を中断し、席を立ってシュトゥッカートを別室に呼び寄せる。アイヒマンは仕方なく休憩に入ることを一同に伝え、参加者は一息つくために隣の広間に移動するが、クリツィンガーだけが残り、資料に目を通している。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

相互関税は即時発効、トランプ氏が2日発表後=ホワイ

ワールド

バンス氏、「融和」示すイタリア訪問を計画 2月下旬

ワールド

米・エジプト首脳が電話会談、ガザ問題など協議

ワールド

米、中国軍事演習を批判 台湾海峡の一方的な現状変更
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story