彼女の苦悩は全インド人女性のものだ──『グレート・インディアン・キッチン』
そんな2作品を踏まえてまず注目したいのが、本作にもシャバリマラ・アイヤッパン寺院の巡礼という宗教の要素が絡んでくることだ。この寺院は伝統的に男性の巡礼者だけを受け入れてきたが、2018年に10歳〜50歳の(子供を産める状態にある)女性の参拝を禁じることは憲法違反という最高裁判決が下され、論争や対立が起こり、暴動にも発展した。ジヨー監督は、その事件を巧みにドラマに盛り込んでいる。
舅と夫は巡礼のための潔斎の生活に入り、身を清めてアイヤッパン神の名を唱えつづける。生理になった妻は隔離されるばかりか、穢れた存在として夫から酷い仕打ちを受ける。隔離を解かれると、今度はまた汚水との格闘が始まる。そんな彼女は、最高裁判決をめぐる対立に触発され、やがて強烈な変貌を遂げることになる。
そしてもうひとつ注目したいのが、料理や炊事と権力を結びつけた表現だ。本作では、舅と夫が、食べかすをまとめず、テーブルの上に散らかし放題にして食事を終え、妻がそれを嫌々片づける場面が繰り返し描かれる。ところが、夫は外食ではマナーを守るので、この食べ散らかしが、家庭における男性の権力を確認するための行為のように見えてくる。さらに、邸宅に飾られた夫の一族の古い写真を映し出す映像に、料理をするときの物音が重ねられる表現も印象に残る。それは、何世代にもわたって女性たちが炊事を通して制度に取り込まれてきたことを物語る。
女性を支配してきた家庭の伝統と制度
そんな光景を目にして筆者が思い出すのは、以前にもコラムで取り上げたマラ・センの『インドの女性問題とジェンダー----サティー(寡婦殉死)・ダウリー問題・女児問題』のことだ。その序文では、サティー(寡婦殉死)によって美化される女性像が以下のように綴られている。
「この役割モデルは何世紀にもわたってインドの女性たちの精神を支配してきた。そして、多くの女性たちはあらかじめ定められた人生の義務は夫のために生き、そして死ぬことであり、いつも自分たちの利益より夫の利益を優先するように教え込まれ、『完璧』というレベルにまで達したいと願っている」
本作にもそんな女性が登場する。舅からの連絡で嫁の至らなさを知った彼の妹は、すぐに駆けつけ、伝統主義の権化のような態度で彼女を委縮させる。また、本作の終盤には、巡礼の宗教的伝統を肯定し、「私たちは閉経まで待てる」と書いた横断幕を掲げる女性たちの集団の姿も目に入る。
ジヨー監督は、妻の地獄のような体験を通して、家庭がいかに女性を支配し、伝統や制度を支えているのかを見事に描き出している。
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