監督の子供時代の思い出に着想を得た韓国系移民家族の物語『ミナリ』
本作はデビッドのクローズアップから始まり、彼の視点が基調になる。心臓病を抱える彼は走ることを禁じられている。がさつな祖母の不用意な発言に敏感に反応し、傷つく。だが、とんでもないいたずらがきっかけで、彼らの関係は変化していく。
ある日、散歩に出た祖母と姉のアンとデビッドは、水辺まで足を延ばす。子供たちは、低湿地にはヘビがいるため、下りることを禁じられている。そんなことを気にしない祖母は、湿地に韓国から持ってきたミナリ(セリ)の種を蒔く。デビッドも姉の制止を振り切ってそこに下り、湿地が彼らにとってある種の聖域になる。
その湿地をめぐるエピソードもまた、オコナーを連想させる。彼女の作品では、見えるものと見えないものにさり気なく関心が振り向けられる。先述の短編『火の中の輪』で少女が密かに見つめているのは、彼女の母親が営む牧場に勝手に居つき、悪さを繰り返す子供たちだ。その牧場で働く女性は、彼らのことを警戒し、「見えないよりも、見える所にいてもらいたいもんだ。なにをしてるかわかりますからね」と語る。
ちなみに、姿が見えなくなった子供たちが引き起こすのが森林火災であることは、頭の隅に留めておいてもよいだろう。
内面と自分が属する土地に深く降りていく
本作では、祖母と湿地で過ごすデビッドが、少し離れた木の枝にヘビがいることに気づき、石を投げて追い払おうとする。すると祖母は、それを止め、「石を投げると隠れてしまう。見えないより見えた方がいい。隠れてる方が危険で怖いんだよ」と教える。
この見えるものと見えないものへの視点は、他のエピソードにも繋がっていく。脳卒中を発症した祖母は、退院後、部屋の隅の一点を見つめるようになる。一家に食事に招かれたポールは、そこになにか気配を感じ、悪いものを祓おうとする。これまでどちらかといえば、ポールを変人と見ていたモニカは、彼と一緒に祈りだし、ジェイコブを苛立たせる。
だが、そんな現実的なジェイコブも見えないものと深く関わっている。本作の導入部で、土地を手に入れたジェイコブは、ダウジングで水脈を探し出す男の売り込みを断り、自身の判断で井戸を掘り、地下水を汲み上げる。だがやがてその水は枯れ、代わりに水道水を使うため家の蛇口から水が出なくなる。祖母とデビッドの聖域はそんな展開とも無関係ではない。
オコナーは「作家と表現」と題された小論文で、作家が進む方向について、自分の内面と自分が属する土地に深く降りていく必要性を説いている。チョン監督は本作でそれを実践し、様々なエピソードが先に引用したオコナーについての彼の発言に集約されていく。
「読者が最も好きになれない登場人物が、他者に対して恵みと救いの手を差し伸べる」という発言は、本作にどのように当てはまるのか。祖母は、決して好きになれない登場人物ではないが、その存在は確かにオコナーの世界に通じる。
祖母は教会で献金をくすねる。モニカが教会の教えをデビッドに植えつけようとすることに反発する。そういう意味では信仰心のかけらもないように見える。だが、そんな彼女が、湿地でミナリを育て、デビッドを変え、見えないものの力で家族を結びつけていくところに本作の深みがある。
チョン監督は、内面への下降と土地への下降を通して、自身の思い出と大地から独自の世界を切り拓いている。
『ミナリ』
3月19日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国公開
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