性的虐待を隠蔽し、加害者を野放しにする秘密を守る文化 『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
「秘密を守る文化。そのため性的虐待は隠蔽され、加害者は野放しになった」
これに対して、プレナ神父やバルバラン枢機卿が登場する場面は決して多くはないが、そこには単純に保守主義とか保身、組織的な隠蔽と表現してしまうことに違和感を覚えるような空気を感じる。それは、筆者が本作を観る少し前に、フランス在住のジャーナリスト/社会学者フレデリック・マルテルが書いた大著『ソドム----バチカン教皇庁最大の秘密』を読んでいたためだとも思える。
本書の主張を要約すれば、バチカンは世界で最も同性愛者が集まっている場所であり、同性愛という視点で読み解かなければ、バチカンもカトリック教会も理解できないということになる。過激な主張ではあるが、4年をかけ、30か国以上で現地調査を行い、1500人もの教会関係者と会見し、著者自身もゲイであるからこそ踏み込める領域がある利点も生かして書かれた内容には、少なからぬ説得力がある。
本書はふたつの点で本作と結びつけることができる。ひとつは、バルバラン枢機卿についてページが割かれていることだ。本作では、題材が「プレナ神父事件」に見えないこともないが、バルバラン枢機卿が隠蔽で告訴されたあとの彼の苦境を知ると、なぜ「フランスのスポットライト」なのかがよくわかる。
「それからまもなく、彼の監督下にあった司祭たちが別の性的虐待を行なっていたこと----訴訟の数は八件に及んだ----が明るみに出た。全体で二十五人以上の司教が、そのような重罪で告訴された司祭を三十人以上、組織的に隠蔽していたことが判明し、世論は愕然とした。被害者は三百三十九人にのぼると推定されている(二〇一七年Mediapartのサイトの数字による)。これはまさしく『フランスのスポットライト』である」
しかし、より重要なのはもうひとつの結びつきだ。著者は本書のなかで、細かな情報を大きな法則にまとめるために、いくつかの普遍的な規則を挙げている。注目したいのは、そのひとつだ。
「そこで、ソドマの六番目の規則、本書で最も重要な規則のひとつは以下のようになる。《多くの性的虐待事件の背後に、自らも同性愛で、スキャンダルになってそれが暴かれるのを恐れ、加害者を守った司祭や司教がいる。教会のなかで同性愛が広まっていることを隠しておくには、秘密を守る文化が必要だった。そのため性的虐待は隠蔽され、加害者は野放しになったのである》」
この記述だけでは誤解を招きかねないので、少し補足すると、バルバラン枢機卿がゲイかどうかは定かではないし、必ずしも重要ではない。著者が繰り返し指摘する問題は、秘密の文化においては、同性愛とまごうかたなき犯罪である児童への性的虐待が混同され、犯罪までもが安易に隠蔽されるということだ。では、そうしたことを踏まえて本作のプレナ神父やバルバラン枢機卿の言動に注目してみたい。
教会内部での児童への性的虐待という犯罪に対する認識が異様に軽い
本作には、プレナ神父とアレクサンドルやエマニュエルがそれぞれに対面する場面がある。被害者とその家族や弁護士は、神父が虐待を否定すると確信している。だが、彼はあっさりと認める。その姿勢は、権力を笠に着て堂々と認めるというのとは違う。彼は、自分は病気で、治そうともしたし、指導司祭にも相談したとも語る。それでも彼は野放しにされていた。
バルバラン枢機卿は、アレクサンドルや彼の息子たちと対面したときには、プレナ神父の行為を、忌まわしく、悪質で容認しがたいと語る。ところが、メディアを巻き込んだフランシスの告発を受けて会見を開いたときには、「神の恩恵によりほぼすべて時効です」と口をすべらせる。前掲書を読むと、フランスではバルバラン枢機卿に関する本が何冊も出版され、その一冊のタイトルにこの発言が使われているのがわかるので、よほど話題になったものと思われる。
こうした場面を見ると、教会内部における児童への性的虐待という犯罪に対する認識が異様に軽いのではなかと思えてくる。そこには、法で裁いたり、組織的な隠蔽を批判したりするだけでは解決しがたい性に関わる内面化された強固な規範が潜んでいると考えることもできるだろう。
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