コラム

イタリア最南端の島で起きていること 映画『海は燃えている』

2017年02月08日(水)17時00分

世界が分断されつつある時代を生きる私たちの不安

この映画では、医師が話をする場面にそれがよく表れている。彼はこれまで上陸に立ち会った難民たちの画像をモニタで見ながら、悲惨な状況を淡々と語りつづける。その表情と言葉には、島で唯一の医師としてずっと難民の生と死を見つめてきた人物の時間や苦悩が凝縮されている。そこには、生々しい映像を前面に出して現実を伝えようとするドキュメンタリーとは一線を画すリアリティがある。

一方、難民の現実と島民の日常をとらえた映像には、これまでにないアプローチが見られる。ロージが作品を作るために島に移住したとしても、海上で救助され、島の検査所に収容される難民たちと過ごせる時間は限られているはずであり、親密な関係を築くことは難しい。にもかかわらず、彼の物語への深いこだわりがはっきりと形になっている。

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この映画から浮かび上がる難民の世界で、最も強い印象を残すのは、必ずしも生と死に関わるような緊迫した場面ではなく、検査所に押し込まれた難民の男たちが祈るように歌う場面だ。そこでは、ひとりのナイジェリア人が、「これは俺の証言だ」という言葉を皮切りに、島にたどり着くまでの体験を語り出す。

彼はアルジェリアで爆撃を受け、砂漠で生き延びるために自分の尿を飲み、リビアの監獄で飢えと暴力に晒され、必死で海を渡り、その間にたくさんの仲間が命を落としていった。そんな地獄のような体験を独特のリズムで滔々と語りつづける彼は、アフリカの口承文学を受け継ぐ語り部のようにも見えてくる。検査所に到着し、番号を割り振られて記号と化した難民は、そんな物語の力で重い過去を背負った個人としての顔を取り戻していく。

これに対して、島民の世界では、島に暮らす12歳の少年サムエレの存在がクローズアップされる。この映画は、彼が木に登り、パチンコを作るのにちょうどいい枝を探す場面から始まる。パチンコに夢中になっていた彼は、やがて左目が弱視だとわかり、治療を始める。おじさんのイカ漁についていって船酔いに苦しみ、それを克服するために、桟橋で船の揺れに慣れる訓練をする。

そんなサムエレは映画の主人公といっても過言ではなく、これは少年の成長を描く作品でもある。彼はおそらく難民問題のことを知らないが、なにも感じていないわけではない。左目の弱視が改善されていくことは、現実に対する視野が広がることを示唆する。祖母からは、戦時中に祖父が付近を通る艦船を恐れ、夜には船を出さなかったという話を聞かされる。

島の岩崖の上から、難民を監視するために海峡を航行する艦船を眺める少年は、祖母の昔話と結びつけ、戦争を想像しているかもしれない。彼は、救助船がたくさん停泊する港で、ボートごと流されそうになったときに必死にしがみついた船が漁船ではないとわかっている。

この映画のなかで、少年と難民が接触することはないが、少年の成長と難民の現実は無関係ではない。以前より周りが見えるようになった彼は、やがてわけもなく緊張を覚えるようになり、医師から不安症気味だと診断される。この少年を悩ます不安は、移民・難民問題を契機に世界が分断されつつある時代を生きる私たちが抱えている不安でもある。ロージは、ランペドゥーサ島という閉ざされた非常に小さな世界から、実に見事に普遍的な物語を引き出している。

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『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』
公開:2017年2月11日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
(c)21Unoproductions_Stemalentertainement_LesFilmsdIci_ArteFranceCinéma

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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