コラム

オバマ政権への期待を裏切られた愛国者「スノーデン」を描く

2017年01月25日(水)16時30分

オリバー・ストーン監督『スノーデン』

<元CIA職員エドワード・スノーデンをめぐってはすでに優れたドキュメンタリーがあるが、オリバー・ストーン監督の『スノーデン』は、彼のキャリアの変遷や恋人との関係が描き出され告発の動機を掘り下げる>

 以前、コラムで取り上げたローラ・ポイトラス監督『シチズンフォー スノーデンの暴露』(14)は、29歳の元CIA職員エドワード・スノーデンが、NSA(国家安全保障局)の大量監視に関する内部告発に踏み切る過程をリアルタイムでとらえたドキュメンタリーだった。スノーデン事件を題材にしたオリバー・ストーン監督『スノーデン』は、このドキュメンタリーと対比してみると、独自の視点がより明確になる。

【参考記事】スノーデンが告発に踏み切る姿を記録した間違いなく貴重な映像

 NSAの機密文書を入手したスノーデンは、2013年に米国法が及ばない香港に向かい、滞在するホテルに以前から接触していたポイトラス監督とジャーナリストのグレン・グリーンウォルドを呼び寄せ、彼らに大量の文書を託した。『スノーデン』も、ホテルのロビーの片隅で三者が落ち合うところから始まり、告発の過程が描き出されるが、そこにはドキュメンタリーでは見えてこなかったドラマも盛り込まれている。

 スノーデンの意志は固かったが、スクープ記事の公表がスムーズに運んだわけではない。グリーンウォルドはガーディアン紙と話をまとめて香港に乗り込んだが、記事を送ったもののなかなかゴーサインが出ない。法律上必要な手続きとして政府に一度話を通す作業などに手間取っていたからだ。一刻を争う状況のなかで、グリーンウォルドは、ウェブサイトを新設してすぐにアップする代替案も考えていたという。この映画では、苛立つグリーンウォルドとアメリカ版ガーディアンの編集長ジャニーンの激しいやりとりも描かれている。

愛情や友情の表現のすべてが記録される世界になど住みたくありません

 しかし、劇映画とドキュメンタリーにはもっと大きな違いがある。これまでスノーデン事件で注目を集めてきたのは、内部告発の過程や膨大な機密文書の内容だった。だが、スノーデンはグリーンウォルドに、告発の動機のひとつとして以下のようにも語っていた。


「発言や行動のすべて、会って話をする人すべて、そして愛情や友情の表現のすべてが記録される世界になど住みたくありません」

 この映画は、その言葉の意味を掘り下げているともいえる。物語は、スノーデンの告白に合わせて過去へとさかのぼり、彼のキャリアの変遷や恋人であるリンゼイ・ミルズとの関係が描き出されていく。ドキュメンタリーでもスノーデンはミルズのことを気にかけていたが、彼女が実際に姿を見せるのは、スノーデンが亡命したロシアで彼と過ごす場面だけだった。劇映画ではその恋人の存在が重要な位置を占めている。

 2004年、スノーデンは国に奉仕したいという思いから特殊部隊に志願入隊するが、両足を骨折して除隊を余儀なくされる。その後、2006年にCIAの採用試験に合格した彼は、CIAの職員やNSAの契約スタッフとしてずば抜けたコンピュータスキルを発揮していく。その一方で、CIA訓練センターで学んでいる頃に、交流サイトで知り合ったミルズと交際を始め、やがて共同生活を送るようになる。

 スノーデンが政府のスパイ行為に幻滅を覚えるようになるのは、2007年のスイス赴任時代だった。CIAは中東にパイプを持つ銀行員に目をつけ、スパイに仕立て上げようとする。その手口は、まず監視システムを使って彼の家族の私生活を調べ上げ、その関係に揺さぶりをかける。そして動揺した銀行員を酒で酔わせたうえ、車で帰宅させ、飲酒運転でつかまったところで助け舟を出すというものだ。目的も知らずに協力していたスノーデンは、それを阻止しようとすれば自分の身が危うくなることを思い知らされる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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