コラム

結婚して分かった「選択的夫婦別姓」の必要性と男尊女卑が続く日本社会

2024年09月13日(金)17時51分
夫婦別姓

日本で婚姻届を提出した夫婦のうち約95%が「夫の苗字」を選択している umaruchan4678ーShutterstock

<自民党総裁選に伴い浮上してきた「選択的夫婦別姓制度」に関する議論。戦前に作られた男性優位の「家制度」が問題の根底にあるが、家制度の基づく「伝統的家族観」は幻想に過ぎず、強制的夫婦同姓にこだわる理由は何もない>

自民党総裁選でさまざまな社会課題が提起されるなか、選択的夫婦別姓制度(以下、夫婦別姓)の是非が再び注目されている。

私(筆者、男性)もしばらく前に婚姻届を提出した際、この問題に直面した。配偶者と話し合うなかで痛感したのは、日本の婚姻制度が事実上「女性に対する差別」を温存するものとして機能していることだ。男尊女卑的な価値観を助長しているとも言える。

私の配偶者が口にしていたのは、多くの夫婦別姓論者と同じく「もとの苗字への愛着」、「手続の煩雑さ」、「女性が変えるのが当然という風潮への違和感」といったものだった。当初、私は漠然と「女性のほうが変えるものかな」と思っていたので、困惑した。

だが、相手の立場になって考えてみれば、どれも至極もっともなことと言える。苗字を変えたくないと望む女性を「わがままだ」と感じる人には、是非試して欲しいことがある。自分の氏名の苗字部分を誰かの適当なものに入れ替えて、ボールペンで白い紙に一度書いてみて欲しい。

想像で済ませるのではなく、実際に紙に書いた時に自分がどう感じるか、試して頂きたい。小林鷹之さんであれば「岸田鷹之」、高市早苗さんであれば「小泉早苗」などと、苗字を変えて紙に書いてみるのだ。

違和感を覚える人が、ほとんどではないだろうか。

もちろん、結婚相手の苗字に変更できて嬉しいと感じる人はいるだろうし、そういう人は今後もそう選択すれば良い。でも、違和感を感じる人に対して「苗字を変えないなら結婚させない」という現在の制度は、あまりに理不尽ではないだろうか。

「伝統的家族観」でなく「戦前的家族観」

近年の調査では、婚姻届を提出した夫婦のうち約95%が「夫の苗字」を選択している。理由の一つとして考えられるのが、明治期に作られた「家制度」の価値観が今なお社会に残っていることだろう。家制度は家長となる年長の男性(祖父、父など)が家庭内で強い権限を持つ制度で、家長と家族の関係を天皇と国民の関係になぞらえることで、天皇制を支える役割があった。

「結婚したら女性は苗字を変えるべき。結婚とはそういうもの」と感じている人は決して少なくない。だが、「そういうもの」と決められたのは明治末期の1898年のことであり、決して日本の伝統とは言えない。「伝統的家族観」という言葉は歴史的に見て不正確であり、「戦前的家族観」と言い換えたほうが良いだろう。

日本では1870年に平民苗字許可令が出て一般庶民の苗字使用が許可されようになると、1875年には苗字必称義務令が布告され、すべての人が苗字を使うになった。結婚後の苗字については1876年、妻は「実家の苗字」を名乗るよう決められた。明治維新までは公家や武家などの女性が結婚した場合、生まれた家(つまり実家)の苗字を使い続けるのが普通だったからだ。

その後、1898年に制定された民法で「家制度」が確立し、「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」と定められ、結婚後は夫の苗字を名乗ることが法的に定められた。1945年の終戦から2年後に民法は改定され、家制度は廃止となり、現在に至る。

こうして見ると、結婚後に女性が苗字を変えるという法制度は、戦前のわずか50年程度しか続いていなかったことが分かる。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

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