イタリアで日本文学ブーム、人気はエンタメ小説 背景にあの70年代アニメの存在
左から『たまさか人形堂物語』(津原泰水、Edizioni Lindau)、『Lo scudo dell'illusione』(マッシモ・スマレ編、Atmosphere Libri[邦訳なし])、『お伽草子』(太宰治、Atmosphere Libri)
<日本とイタリアには、文学や漫画・アニメを通じた40年以上の交流の歴史がある。イタリア人読者は日本文学の中に何を探すのか──現地在住「グレンダイザー世代」の翻訳家に聞いたイタリアにおける現代日本文学事情>
ここのところ、日本の作家の欧米での紹介が進んでいる。昨年11月に柳美里『JR上野駅公園口』(『TOKYO UENO STATION』)が、アメリカでもっとも権威がある文学賞のひとつである全米図書賞を受賞したのは記憶に新しい。受賞直後から日本でも大きな反響があり、日販調べによると2021年上半期で"いちばん売れた文庫"となった。出版不況が言われて久しいが、日本文学の書き手たちと彼らを支える人々が生き残りをかけて、国境の垣根を超えて活躍の場を広げている。
そんな中、イタリアでも密かな日本文学ブームが訪れている。村上春樹『ノルウェイの森』(『Norwegian wood. Tokyo blues』)や桐野夏生『OUT』(『Le quattro casalinghe di Tokyo』)は長く読まれているが、2020年には川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』(『Finché il caffè è caldo』)が10万部を超えるベストセラーとなった(2021年1月時点)。
満を持しての5月、イタリアの大手新聞社であるコリエーレ・デラ・セラより、全25巻からなる「偉大なる日本文学」という全集が刊行されることになった。ラインアップには、村上春樹や小川洋子、よしもとばななといった既に海外やイタリアで評価の高い作家の他に、角田光代や川上弘美、柳美里など人気作家が並ぶ。秋に向けて毎週1冊が刊行される。
なぜ今、イタリアで日本文学がブームになっているのか。上記のうちの1冊である津原泰水『たまさか人形堂物語』(『Le storie del negozio di bambole』)を手がけたイタリア在住の翻訳家、マッシモ・スマレさんに取材した。
日本人作家が注目され始めたのは70年代
1968年にトリノで生まれたスマレさんは、子どもの頃は、テレビで放映されていた日本のアニメや時代劇が大好きだった。イタリアでは、1978年頃に人気があった永井豪『UFOロボグレンダイザ―』を見ていた現在40~50歳の男女を「グレンダイザー世代」と呼ぶが、まさにその一人だったという。
「日本とイタリアの関係からすれば、ここが大切な分岐点でした。前の世代と比較すると、格段に日本文化に親しんだグレンダイザー世代は、いろいろな分野で日本文化を広めるのに貢献していきました」
スマレさん自身、日本語を勉強し、まずは産業・商業分野で翻訳・通訳をしたのち、インターネットを通じて日本人作家たちと知り合ったことをきっかけに、2002年から文学の翻訳をするようになり、次第に自分も作家として活躍するようになった。現在は、イタリアと日本の両国で、さまざまな小説やエッセイを精力的に発表している。
翻訳を手がけた作家には太宰治や宮沢賢治もいるが、現代作家では江國香織、恩田陸、小松左京、筒井康隆、三浦しをんなど、純文学よりエンターテインメント文学の方が多い。最近では、伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』(『Abbandonato sulle strade di Agosto』)を手がけた。