最新記事
シリーズ日本再発見

イタリアで日本文学ブーム、人気はエンタメ小説 背景にあの70年代アニメの存在

2021年06月25日(金)16時50分
栂井理恵(アップルシード・エージェンシー)

イタリアで近現代の日本人作家が注目され始めたのは、70年代だった。純文学を中心にさまざまな作品が翻訳され、もっとも人気を得た三島由紀夫をはじめ、夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、川端康成、谷崎潤一郎といった、いわゆる文豪の作品がよく読まれた。その後、村上春樹やよしもとばななによって日本現代文学のブームが起き、小川洋子や桐野夏生の人気へとつながっていく。

『お伽草子』(太宰治)のイタリア語版

スマレさんが翻訳を手がけた『お伽草子』(太宰治)のイタリア語版 Atmosphere Libri

さらに、数年前からエンターテインメント文学も扱われるようになってきた。スマレさんによると、それには理由がある。

「イタリアでは、日本文学を翻訳したり作家を推薦したりする人の多くが、大学教授です。世代が変わり、子どもの頃からアニメを観たり漫画を読んだりして育った人たちが教授になっているので、エンターテインメントに対する先入観があまりないのです」

日本文化に詳しい大学教授や翻訳家などの推薦によって、質の高いエンターテインメント文学が扱われるようになり、刊行点数も読者もぐっと増えた。現在、イタリアでは、アメリカやイギリス、フランス、スペインの文学に次いで、翻訳が盛んなのが日本文学となっている。スマレさんは、そうした流れが、大手新聞社によるイタリア史上初の全集「偉大なる日本文学」の刊行につながっていると分析する。確かに、本全集には、横山秀夫、梨木香歩、宮下奈都、夏川草介といった日本ではエンターテインメントとして扱われる作家も多く含まれている。

「アジアらしいエキゾチックさ」よりも「現代の日本らしさ」

アニメや漫画の影響はあるにせよ、日本のエンターテインメント文学がイタリアで好まれるのはなぜだろうか。スマレさんはこう語る。

「80年代からマルシリオ社の千羽鶴シリーズで、『竹取物語』や『雨月物語』などの古典文学、泉鏡花や江戸川乱歩などの近代作家の小説がたくさん出版されました。専門的なものでしたが、日本文学の愛読者が増えて、現在のブームの礎のひとつになったと言えます。

一方、エンターテインメント文学に先立ち、アニメや漫画は70年代からたくさん出版されていました。そこで日本にさまざまな関心を持った読者が、日本の小説を貪欲に読み始めたと感じます。

そうしたイタリア人の読者が、日本文学の中に探すのは、アジアらしいエキゾチックなモチーフではなく、伝統を受け継いだ現代の日本らしさであり、それを表現する欧米の作品とは違う《物語》とその描き方でしょう」

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英仏・ウクライナの軍トップ、数日内に会合へ=英報道

ビジネス

米国株式市場=S&P500・ダウ反発、大幅安から切

ビジネス

米利下げ時期「物価動向次第」、関税の影響懸念=リッ

ワールド

再送-日鉄副会長、4月1日に米商務長官と面会=報道
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中