最新記事
シリーズ日本再発見

名店「すきやばし次郎」を築き上げた小野二郎と息子・禎一の職人論

2019年11月08日(金)17時35分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

book191108sukiyabashijiro-3.jpg

小野二郎氏(『「すきやばし次郎」 小野禎一 父と私の60年』より。撮影:戸澤裕司)

二郎氏を語る上で外せないのは、94歳を迎えてなお現役の職人として活躍している点だ。さすがに昼の営業時間にはもう出ていないそうだが、終始立ちっぱなしであることを考えれば、夜の数時間だけでも驚嘆に値する。ギネス世界記録も認める「世界最高齢の三ツ星シェフ」だ。

ところで、本書でも触れられているが、店名は当初から「すきやばし次郎」であって「すきやばし二郎」ではない。店名について著者が尋ねると、二郎氏の回答は「次郎の方が店の看板なんかに書いたとき、格好がいいでしょ」。頑固な職人像とは違った「茶目っ気」のある二郎氏の発言が、本書では随所にうかがえる。

「手に職をつけておけば大丈夫」という言葉の重み

そんな二郎氏を支えるのが、長男で、本店で二郎氏と並んで鮨を握る禎一氏だ。23歳で店に入って37年。今年で還暦を迎え、既に店の多くのことを任されるようにはなっているが、それでも、師匠と弟子という関係が変わることはなく、今の自分があるのは父親あってのことだと繰り返し述べる。

禎一氏は、もともと鮨職人になる気はなかったという。中学時代は「やんちゃ」だったそうで、あまり勉強もせず、高校卒業後はカーレーサーを目指そうと思っていたらしい。だが、二郎氏に「そんなもんで食っていけるかっ!」と一喝され断念。料理の道に進んだのだという。

息子を半ば強引に料理人にした二郎氏だが、「自分の鮨を継いでほしい」と思ってのことではなかったようだ。高校生の息子に発した言葉のとおり、食うに困らないことが大事であり、それには「手に職をつけておけば大丈夫」。この言葉には、7歳から働きに出た二郎氏ならではの重みがある。

book191108sukiyabashijiro-4.jpg

2人の思いは共通している――「もっと美味しく」(『「すきやばし次郎」 小野禎一 父と私の60年』より。撮影:戸澤裕司)

とはいえ職人の世界は厳しい。「すきやばし次郎」のような名店ですら、新しい弟子を募集しても見つからないことがあるという。だがその一方で、職人という仕事に魅力を感じ、苦労を承知で覚悟を決めて、その世界に飛び込む人もいる。その好例が、禎一氏の2歳下の弟である隆士氏だ。

幼い頃から父の姿を見て「鮨職人になりたい」と言っていた隆士氏は、他店で修業を重ねた兄よりも早く店に入り、現在は、六本木ヒルズ店を開店以来任されている(同店は『ミシュランガイド』で二ツ星を獲得)。さらに隆士氏の2人の息子も、既に鮨職人の道を歩んでいるという。

本店を継ぐ禎一氏はと言えば、「陽のあたるところは親父さんでいい」「一人でもわかってくれたらそれでいい」と黒子に徹する姿勢を隠そうとしない。だが、いつか二郎氏がいなくなっても「すきやばし次郎の味は変わらないっていう自信もある」と語り、職人としての誇りを覗かせている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中