コラム

【南アフリカvsイスラエル審理】国際法廷でジェノサイド罪を否定するイスラエルが展開した「4つの論理」

2024年01月18日(木)13時10分
ハーグにあるICJ前でデモを行うパレスチナ支持者

ハーグにあるICJ前でデモを行うパレスチナ支持者。南アフリカによる提訴で始まった司法手続きは、世界の注目を集めた(2024年1月12日) Thilo Schmuelgen-REUTERS

<イギリス人マルコム・ショー弁護士を団長とするイスラエル弁護団は、ICJの聞き取りで何を主張したのか。4つの論点を探る>


・国際司法裁判所(ICJ)でイスラエルはガザでの行為が自衛戦争でありジェノサイドではない、無差別殺傷の意図はない、人道支援を妨げていない、司法手続きに不備がある、といった反論を展開した。

・このうち無差別殺傷の意図に関して、主要閣僚が相次いで「パレスチナ殲滅」をうかがわせる発言をしていることについては、イスラエル弁護団は「発言が切り取られている」と主張した。

・一方、ICJは以前「占領軍に自衛権はない」と判断しており、この原則が適用されるかが一つの焦点になってくる他、イスラエルが主張する司法手続きの不備に関しては南アフリカにさらなる証明が求められるとみられる。

南アフリカvs.イスラエル審理開始

イスラエル=ハマス戦争が始まって97日目に当たる1月12日、オランダのハーグにある国際司法裁判所(ICJ)でイスラエルの聞き取りが始まった。この司法手続きは昨年12月、南アフリカ政府の提訴で始まった。

84ページにおよぶ訴状で南アフリカは、イスラエル軍によるパレスチナ人の大量殺戮、強制的な立退、食糧など支援物資搬入の妨害、病院の破壊などが'ジェノサイド(大量殺戮)'に当たると主張した。

1948年のジェノサイド条約によるとジェノサイドとは「国民、民族、人種、宗教などの全体あるいは一部を破壊する意図をもった行為」と定義される。

筆者は当初、イスラエルが裁判そのものを拒否する可能性を指摘していたが、この予測は外れた。

ICJでは当事者の合意がなければ司法手続きが進まないため、スルーすることもできたのだが、そこをあえて受けて立ったことで、「ガザ攻撃は正当」と主張し、「批判から逃げてない」という強い態度をみせようとしたのだろう。

それでは、ICJの聞き取りでイギリス人マルコム・ショー弁護士を団長とするイスラエル弁護団は何を主張したか。以下では4点に絞って解説する。

(1)「テロに対する自衛権の発動」

イスラエル弁護団は聞き取りで、ガザでの行為をハマスのテロ攻撃に対する自衛戦争と主張した。

開戦当初から主張してきた「自衛権」によって'ジェノサイド'を否定したことは、「罪状や司法手続きそのものが成り立たない」という論理になる。

ただし、ガザで実際に数多くの民間人が死亡していることは間違いなく、白旗を掲げていた高齢者や子どもがイスラエル兵に殺害されたケースも数多く報告されている。

これに関してイスラエル弁護団は「部隊の一部に規律違反があった」可能性を認めたが、あくまで不幸なアクシデントとしている。

また、病院攻撃に関しては「軍事拠点になっていた」、空爆による民間人死傷に関しては「都市での戦闘なので偶発的な死亡は避けにくい」、といった主張を展開した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン

ワールド

国際援助金減少で食糧難5800万人 国連世界食糧計
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 8
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 9
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story