コラム

死者2万人に迫るリビア大洪水「決壊したダムは20年以上メンテされてなかった」

2023年09月20日(水)13時10分
洪水で壊滅的な被害を受けたデルナの市街地

洪水で壊滅的な被害を受けたデルナの市街地(9月18日) Ayman Al-Sahili-REUTERS

<決壊したダムは2002年からメンテナンスされていなかったことをデルナのマドウルド副市長が明らかにした。老朽化の目立つダムには、専門家だけでなく地元住民からも不安の声があがっていた>


・北アフリカ、リビアの港湾都市デルナではダムが決壊して大洪水になり、死者は2万人にものぼるとみられている。

・ダムの決壊は記録的な暴風雨が直接の原因だが、長期間にわたってダムの維持・管理が行われなかったことも指摘されている。

・この国では二つの政府が並び立ち、戦乱も続いてきたことが、インフラの維持・管理という国家の基本任務さえ難しくしてきた。

多くの死者を出す自然災害が発生したとき、「天災ではなく人災」という表現はよく用いられるが、リビアの大洪水ほどこれが鮮明なケースも少ない。

「死者2万人」の衝撃

北アフリカのリビアでは9月10日から11日にかけて、北東部の港湾都市デルナ(ダルナ)を大洪水が襲い、11,300人以上の死者を出した。

洪水の原因は、市内を流れるワディ・デルナ河の氾濫だった。

リビア地図

ワディ・デルナ河上流には二つのダムがあるが、これが同日付近を襲った暴風雨(ストーム・ダニエル)で決壊したのだ。

デルナ周辺では10日午前8時から11日午前8時までの24時間に、最も激しい観測地点で最大414.1mmの降雨量を記録した。この記録は日本で洪水警報が出される基準(24時間雨量が平地で150mm以上、山間地で200mm以上と予想される場合)をはるかに上回る。

二つのダムの決壊によって放出された水は、巨大な津波のようにデルナを襲った。

その水量は3,000万立方メートル、五輪で使用される水泳プールに換算するとおよそ12,000杯分とみられる。それが一気に放出されるエネルギーを原爆並みと推計する専門家もある。

あっという間に濁流に呑み込まれたデルナではその後も救助活動が難航しており、アル・ガイチ市長は13日、「死者は18,000人から20,000人に至る可能性がある」と語った。デルナの人口は15万人程度だったとみられている。

グローバルな温暖化とローカルな人災

世界気象機関によると、デルナに大きな被害をもたらしたストーム・ダニエルは、地中海の対岸ギリシャやトルコなどにも被害をもたらした。このうちギリシャでは、多くの観測地点で24時間の降雨量が400〜600mmのやはり異常に高い数値を記録していた。

この大災害には地球温暖化の影響が指摘されている。ストーム・ダニエルは海面温度が摂氏26度を超えるなかで生まれたとみられているからだ。

地球温暖化によって熱波や山火事、台風や集中豪雨が世界的に増え、それにともない家屋や都市の破壊による経済損失も拡大の一途を辿っている。

例えばアジアでは、国際赤十字・赤新月社によると2021年の1年間で5700万人が巨大台風、洪水、熱波などの被害を受けた。日本でもこの年、8月11日からの大雨だけで損害保険の支払金額が428億円以上にのぼった。

この観点からすると、デルナの大洪水はグローバルな危機の一環ともいえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story