コラム

「中東唯一の民主主義国家」イスラエルの騒乱──軍やアメリカも懸念する司法改革とは

2023年07月31日(月)15時55分
イスラエル議会周辺で行われた司法改革に反対する抗議デモ

イスラエル議会周辺で行われた司法改革に反対する抗議デモ(7月24日、エルサレム) Amir Cohen-REUTERS

<イスラエル各地に広がった抗議デモは、権威主義化する政府への批判であり、ユダヤ教保守派に対する優遇への反発でもある>


・イスラエルではこれまで政府のチェック機関だった最高裁の権限を縮小させる法案が成立し、三権分立が骨ぬきにされた。

・この法案成立に各地で抗議デモが発生しており、イスラエルを代表する企業からの批判も相次いでいる。

・こうした批判の背景には「戦争を先導しながら兵役につこうとしない」宗教保守派を政府が優遇することへの不満もある。

徴兵制の復活を叫ぶ高齢者のように安全地帯から勇ましい主張をする人々はどの国でもいるが、それが政府ぐるみになった時、拒絶反応が湧き上がるのは不思議でない。

 
 
 
 

「欧米の飛び地」に広がる抗議デモ

欧米の政府や研究者はしばしばイスラエルを「中東唯一の民主主義国家」と呼ぶ。専制君主国家や事実上の軍事政権が林立する中東において、イスラエルは「欧米の飛び地」のようにみなされてきたともいえる。

しかし、そのイスラエルでは反政府デモが拡大し、ビジネス界や軍をも巻き込んだ政府批判が噴出している。

その焦点は司法改革にある。

イスラエル議会は7月24日、司法改革法案を可決した。これを前に数万人のデモ隊が議会周辺に詰めかけるなか、120人の議員のうち64人の僅差の賛成多数により、法案は可決された。

この改革の眼目は、最高裁の権限を弱めることにある。

イスラエル議会は一院制で、これまで最高裁が議会に対するチェック機関の役割を果たし、法的に「不適当」と判断された法案が廃止に追い込まれることも珍しくなかった。

これに対して、ネタニヤフ政権は「国民に選ばれた議会の決定を国民に選ばれていない裁判所が覆すことはおかしい」と主張し、最高裁が法案に介入できる法的根拠を排したのである。

今回の司法改革に続き、秋には裁判所の人事により深く政府がかかわることを認める法案が採決にかけられる見込みだ。

権威主義体制への懸念

民主主義の原理に照らせば、ネタニヤフの主張はもっともらしく聞こえる。しかし、それ論理は裏を返せば、選挙で勝ちさえすれば、政府が何を決めても、誰も止められないことを意味する。

三権分立を欠いた民主主義は「多数者の暴政」を招きかねない。1933年の選挙に勝って政権を獲得したナチスがユダヤ人排斥を合法的に決定したことは、その象徴だ。

近年の欧米では多様性の尊重に逆行し、「強い政府」を求める気運、言い換えると「自由を制限するむき出しの民主主義」の兆候が鮮明である。ポーランドやハンガリーではイスラエルと同様の司法改革が行われ、身内のEUからも批判を浴びてきた(なかでもハンガリーのオルバン首相はロシアのプーチン大統領に近い立場にある)。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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