コラム

マザー・テレサの救貧院に政治的圧力──インドで見られる「弱さの玉突き」

2022年01月06日(木)13時00分
ダイアナ妃とマザー・テレサ

英国ダイアナ妃(当時)と会見するマザー・テレサ(1992年2月19日) Domenico Stinelus-REUTERS


・マザー・テレサが遺した救貧団体に対して、インド政府の政治的圧力が強まっている。

・その背景には、「強者」である欧米の無意識の優越感への拒絶がある。

・ただし、「強者に虐げられること」への拒絶は、結果的にさらなる弱者を虐げることにもなりかねない。

貧者への奉仕活動で知られる故マザー・テレサの救貧院は、インド政府による締め付けに直面している。マザー・テレサの功績を否定する論調がインドで高まることからは、強者によって虐げられた者が自分より弱い立場の者を虐げる構図をうかがえる。

まるちゃんも憧れたマザー・テレサ

今や国民的アニメである「ちびまる子ちゃん」の原作には、まるちゃんが偉い人に憧れる話がある。そのなかでエジソンやキュリー夫人とともに偉人の一人として取り上げられたのがマザー・テレサだった。

東欧の旧ユーゴスラビア出身だったマザー・テレサは、ローマ・カトリック教会の修道女として1950年にインドの西ベンガル州で「神の愛の宣教者会」を設立した。その2年後には「死を待つ人の家」という名のホスピスを開設し、貧困の病人の介護やストリートチルドレンの養護などを行った。

自分自身も貧しい身なりで救貧にあたるマザー・テレサの活動はメディアを通じて世界中に知られるようになり、1979年にはノーベル平和賞を受賞した。賞金の約19万ドルは新たな救貧院の設立に充てられたという。

困っている人を助けるマザー・テレサに憧れたまるちゃんが、何も困っていないおじいちゃんに「何か困ったことない?」と尋ねて困らせたのは、この頃だった。

1997年に逝去したマザー・テレサは2003年、没後6年という異例の早さでカトリック教会から「福者」に列せられた。

逆風にさらされる救貧院

ところが、マザー・テレサの遺志を継いで救貧活動を続けてきた「宣教者会」は今、大きな逆風にさらされている。インド政府が12月27日、宗教団体としての認可申請を更新しないと発表したからだ。

その理由は、「宣教者会」が海外から寄付を受けていることが法律違反というものだった。

同日、西ベンガル州知事は「宣教者会」の銀行口座が凍結されたと明らかにし、「2万人以上の患者と職員が食料も薬もないまま放り出される」とインド政府を批判した。

これに対して、インド政府は問題の口座に「敵対的な入金」があったと説明しているが、具体的には不明なままだ。

「宣教者会」の広報担当は「地元の支援があるので活動がすぐに滞ることはない」と強調しているが、海外からの献金が途絶えればいずれ活動が先細ることも懸念されるため、欧米メディアがこぞってこの問題を批判的に取り上げていることも不思議ではない。

'聖女'への敵意

なぜインド政府は「宣教者会」への締め付けを強めるのか。その大きな背景には、そもそもマザー・テレサを'聖女'として扱うことへの拒絶がある。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story