コラム

日本で子育てしにくい'3低'構造とは──「自己責任」の国際データ比較

2021年09月27日(月)20時25分
日本の子育て世帯

(写真はイメージです) RyanKing999-iStock


・日本では子育て世帯に対する税控除の割合、直接給付の額、保育所の入所率のいずれもが先進国のなかで低い水準にある。

・この3低構造の根底には「家族で何とかすべき」という考え方がある。

・家族に多くが委ねられる結果、日本の子育て世帯は国際的にみて生活が苦しくなりやすい。

教育学者・末冨芳氏の「子育て罰」という言葉は、日本の政治、社会、企業が子育てに熱心であるどころが、むしろそれに冷たいことを浮き彫りにした。政治学でもこの20年間、育児・保育を含む社会保障の分析が発展しているが、さまざまなデータからは、やはり日本の子育てしにくい構造が浮かび上がってくる。

子育てしにくい構造

大詰めを迎えた自民党総裁選挙では、菅政権が創設を打ち出した「子ども庁」や、子どもを含む家族を支援する予算増加も議論されている。

子育て支援というと、とかく低所得世帯への給付金や児童手当の増加といった直接給付が注目されやすい。しかし、こうしたバラマキは「焼け石に水」になりかねない。日本では子育てしにくさが構造化しているからだ。

以下では、これを各国とのデータ比較を踏まえて、3点に絞ってみていこう。

税控除の低さ

その第一は、税制面での優遇措置の低さだ。子育て世帯は所得税の控除によって単身者より優遇されているが、その水準は日本では決して高くない。

図1は労働所得に対する課税(いわゆる「税のくさび」)の水準を、各国ごとに表したものだ。ここでは、「子ども2人/夫婦共稼ぎ/平均的収入の世帯」(A)と「子どもナシ/単身/平均的収入の世帯」(B)で比較している。

mutsuji20210927164301.png

(出所)OECDデータベース.

これでみると、日本の水準は先進国のほぼ平均的なラインにみえる。

しかし、ここで注目したいのはBマイナスA、つまり単身者に対する課税率と子育て世帯に対する課税率の差である。これは子育て中であることでどのくらい優遇されるかを示している。

mutsuji20210927164302.png

(出所)OECDデータベース.

これをまとめたものが図2で、日本のスコアは2ポイントほどにとどまり、平均を大きく下回る。ここから、子育て世帯は確かに税制面で優遇されているとはいえ、その水準は国際的にみてかなり低いことがわかる。

給付の水準も低い

第二に、直接給付の水準の低さだ。

さきほどの税控除をふり返ると、イギリスやノルウェーなども日本とほぼ同程度で、なかにはオーストラリアのように子育て世代と単身者に対する税率の差がほとんどない国さえある。これらの国は一見、日本より子育てに関心が薄いようにみえる。

しかし、その多くは児童手当などの直接給付が日本より手厚い。つまり、子育て世帯も単身者と同じように税金を払う一方、政府からの給付でこれを補える。

mutsuji20210927164303.png

(出所)OECDデータベース.

図3からは、イギリスやノルウェー、オーストラリアなどが、子ども向けの予算のGDPに占める割合だけでなく、直接給付額のGDPに占める割合でも、日本を大きく上回っていることがわかる。とりわけ直接給付の多いイギリスでは、子ども1人の場合、1週間あたり最大179ポンド(約27,000円)が支給される。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story