コラム

タリバン大攻勢を生んだ3つの理由──9.11以来の大転換を迎えるアフガニスタン

2021年08月17日(火)09時55分

これはタリバンにとって事実上の勝利だ。そればかりか、「テロリストとは交渉しない」と言い張り続けてきたアメリカがタリバンと対等の交渉に臨んだことは、「タリバンはテロリストではない」とアメリカが認めたことにもなる。

「アメリカに勝った」高揚感に包まれるタリバンが、その目に「アメリカの傀儡」と映るアフガニスタン政府とまともに交渉する気がなくても不思議ではない。

各地を次々と制圧するタリバンに対して、米軍は一部で空爆などを行なっている。しかし、バイデン大統領は同時多発テロ事件の記念日に当たる9月11日を目前に控えた8月一杯で撤退を完了させる方針を変えていない。

撤退を優先させる米軍の姿勢は、タリバン大攻勢の引き金になったといえる。

タリバンと戦う気のない政府と軍

これに拍車をかけたのが、第2の理由である「アフガニスタン政府・軍の無気力・無力」だ。

アメリカの撤退はアフガニスタン政府・軍からすれば「見捨てられた」に等しい。だからこそ、アフガン政府はタリバンとアメリカの交渉そのものに反対し続けただけでなく、国家再建についてタリバンと交渉することにも消極的だった。

しかし、だからといって20年間アメリカの庇護下に置かれてきたアフガニスタン政府には、タリバンと本気で対峙する気力も能力もない。

実際、タリバンは8月12日、アフガニスタン第二の都市カンダハルと第三の都市ヘラートを相次いで制圧したが、その際に政府関係者がいち早く退避し、都市を事実上タリバンに明け渡した。カンダハルの住民はアル・ジャズィーラの取材に「彼ら(政府)は私たちを売った」と嘆いている。

政府だけではない。アメリカがこれまで数十億ドルの武器・装備を提供してきたアフガニスタン軍の兵士のほとんどは、汚職にまみれた体制の末端公務員に過ぎないため、モラルも士気も低く、タリバンとまともに戦おうともしない。

例えば、14日に陥落した第4の都市マザリシャリフでは、アフガニスタン軍がまっさきに降伏して市外に撤退し、これによって正規軍と戦列を共にしていた反タリバンの民兵まで総崩れになったという。

さらに、各地であっという間に敗走するアフガニスタン軍は多くの武器・装備を放棄しており、タリバンはアメリカ製兵器で武装をさらに拡充している。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story