コラム

スー・チー拘束でも国際社会がミャンマー政変を「クーデター」と認めたくない理由

2021年02月01日(月)18時20分

ミャンマーの国家顧問スー・チー(写真は2015年11月5日) JORGE SILVA-REUTERS


・各国にはミャンマーのクーデターを「クーデター」と認めたくない事情がある

・制裁がミャンマーを中国側に押しやることになるからだ

・しかし、事実上の軍事政権のもとで少数民族の迫害がエスカレートする公算は高い

スー・チーらミャンマー政府要人が相次いで軍に拘束されたが、各国がこれを「クーデター」と認めることにはハードルが高い。そこには中国の影がある。

民主化の逆流

2月1日早朝、ミャンマーの事実上の最高責任者アウン・サン・スー・チーら政府要人が軍によって拘束された。首都ネピドー周辺では電話、インターネット回線も遮断されていると報じられている。

軍は以前から、クーデターに向かう可能性を示唆していた。その理由は、昨年11月の総選挙でスー・チー率いる国民民主同盟(NLD)が、上院224議席中135議席、下院440議席中255議席を獲得し、この圧倒的な勝利によって単独政権を発足できるようになったことだった。

ミャンマーでは1988年にやはりクーデターで軍事政権が発足したが、2010年に民主政に移管した歴史がある。ただし、その後も軍人が議会の4分の1を占めるなど、軍が大きな政治的発言力を握ってきた。

ところが、昨年11月の選挙では、はじめて軍人の特別枠がなくなり、軍が支援する連邦団結発展党(USDP)は上院で11議席、下院で30議席と圧倒的な少数派に転落した。これは民主主義がミャンマーで定着しつつあることを示したが、政治・経済に根をはった既得権益層である軍の警戒感を募らせることにもなった。

その結果、軍は「選挙での不正」を訴え、「政治危機を克服するための介入」を示唆するようになった。1月27日、軍の最高実力者ともいわれるミン・アウン・フライン将軍は「憲法がないがしろにされている」と気勢をあげた。その5日後、新政権の閣僚が初めて議会に着席する予定だった2月1日、ついにクーデターが発生したのだ。

クーデターは「クーデター」になるか

ミャンマー軍は1年間の緊急事態宣言を発令し、この間軍による直接統治が行われるとみられる。今後の展開については予断を許さないが、軍がUSDPを通じて実質的に支配する構図ができるとみるのが順当だろう。その場合、スー・チーらNLD幹部を厳罰に処せば国民からの反動が大きいため、自宅軟禁などで拘束する公算が大きい。

いずれにせよ、実質的な軍事政権が復活すれば、国民の政治活動を規制しながら経済成長に注力する、良くいえば実務的な、悪くいえば開発独裁的な統治になるだろう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米テキサス・ニューメキシコ州のはしか感染20%増、

ビジネス

米FRB、7月から3回連続で25bp利下げへ=ゴー

ワールド

米ニューメキシコ州共和党本部に放火、「ICE=KK

ビジネス

大和証G・かんぽ生命・三井物、オルタナティブ資産運
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story