コラム

米シアトルで抗議デモ隊が「自治区」設立を宣言──軍の治安出動はあるか

2020年06月15日(月)10時51分

シアトルのデモ隊が一街区を占拠して打ち建てた「自治区」のエントランス(6月13日) Goran Tomasevic-REUTERS


・人種差別に反対するデモ隊の一部はワシントン州シアトル市の一角で「自治区」を発足したと宣言した

・これは公権力を否定するもので、トランプ大統領は1992年のロス暴動以来となる州兵の派遣を示唆している

・しかし、仮に治安出動があった場合、ロス暴動の時と比べても衝突が激化するリスクは高い

人種差別に抗議してきたデモ隊の一部が「自治区」の発足を宣言したことは、警察など公権力そのものを拒絶するという点で、これまでよりギアが一段上がったことを意味する。

「自治区」発足の衝撃

黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警官に暴行された事件をきっかけに広がった抗議デモの一部は11日、ワシントン州シアトル市の一角に「キャピトル・ヒル自治区」を発足させたと宣言した。

これはシアトル市のイースト・パイン・ストリートを中心とする一帯で、周辺からこの区画に入る地点には、「これよりキャピトル・ヒル自治区」といった立て看板などが置かれている。


現地を取材した米NBCニュースによると、「ノー・コップ・コープ(無警察組合)」と名づけられた配給所で食料が無償で配られ、警察の施設には「シアトル人民の資産」という横断幕が掲げられている。その他、コロナ対策としてマスクなどが配布され、診察所なども設けられているという。

その一方で、ワシントン州やシアトル市、さらにはアメリカ合衆国からの独立を宣言しているわけではなく、あくまでそれらの一部であることを認めている。

つまり、デモ隊は「自治区」の発足を宣言することで「自分たちの街のことは自分たちに決めさせろ」「州政府やシアトル市にただ従うつもりはない」という意思表示をしているのである。

警察への不信感

この「自治区」発足宣言は公権力とりわけ警察に対する不信感の裏返しでもある。

抗議デモのきっかけになったジョージ・フロイド事件だけでなく、白人警官が有色人種を差別的に扱うことは、アメリカに限らず欧米では珍しくない。そのため、ジョージ・フロイド事件をきっかけに、アメリカでは警察の予算削減を求める声も大きくなっている。

それだけではない。シアトル市では抗議デモが広がるなか、市長が催涙ガスの使用を禁じた。しかし、その後も警察はデモ鎮圧の必要性を強調し、催涙ガスを使い続けたことが、さらなる反感を招いた。


こうした背景のもとで「自治区」の発足を宣言したデモ隊は、警察の予算削減とともにデモ参加者への刑事罰を軽減するよう求めている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story