コラム

米シアトルで抗議デモ隊が「自治区」設立を宣言──軍の治安出動はあるか

2020年06月15日(月)10時51分

USAトゥデイによると、「自治区」では総じて治安が保たれており、この区域でレストランを営業する男性は「『自治区』になったことで営業への問題はない」と証言している。また、英紙ガーディアンのインタビューに対して1人のデモ参加者は「ここで起こっていることは多すぎる警察が必要でないことを明らかにしていると思う」と答えている。

抵抗としての自治

公権力が信用できない場合、自治を求めることは、現在の日本ではほとんど想定できないが、実は珍しいものではない。

歴史を振り返ると、その典型はフランス第二帝政末期の1871年、隣国プロイセンとの戦争で疲弊したパリの労働者が市街地にバリケードを築いて自治を宣言した、いわゆるパリ・コミューンだ。

また、アメリカ独立戦争をはじめ、あらゆる植民地解放運動には、「自分たちでないもの」に支配されることを拒絶し、「自分たちで物事を決める」ことへの渇望があった。

ただし、今回の「自治区」発足宣言は、これらと比べても、ある意味で深刻だ。専制君主国家ならまだしも、民主主義国家アメリカでは政治家は「自分たちの代表」、警察など公務員はその配下であるはずで、理論的には間接的であれ「自分たちで物事を決める」ことはできているはずだからだ。


これまでのアメリカで政府への不信感が最も広がったのは、1960年代から70年代にかけてのベトナム戦争の時代だったといってよい。ジョン・レノンが"Power to the people"を歌い、既存のモラルや規制を拒絶するヒッピー文化が高揚したこの時代、ベトナム戦争に反対する抗議デモがやはり各地で頻発したが、それでも自治の宣言にまで至ったケースはほとんどない。

だとすると、シアトルのデモ隊は「キャピトル・ヒル自治区」発足を宣言することで、アメリカの民主制そのものへの不信感を、これまでになく強い形で示したことになる。

軍事介入はあるか

それだけにトランプ大統領がこれに強く反応することは不思議ではない。

トランプ大統領は「自治区」発足を受けて「無政府主義者にシアトルが乗っ取られた」とツイート。シアトル市長にデモ隊の排除を求め、「やらないなら自分がやる」と鎮安のため軍の派遣も示唆した。

これに対して、シアトル市長ジェニー・ダーカン氏はデモ隊に退去を求める一方、軍の派遣は「憲法違反」と反対し、トランプ大統領に対して「引っ込んでもらいたい」と応酬している。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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